138.双子猫のきもち(最終号)
楽しい時間は、いつもあっと言う間なの。
「――…続きまして…卒業生答辞。3年A組柾昴」
「はい」
とっても静かだ。
静かな講堂内に、こーちゃんの、いつでも良い音を奏でる靴音が鳴り響く。
皆、皆、息を潜めて見守っている。
生徒会席でお母さんの隣に座りながら、僕らも壇上のこーちゃんを見つめる。
ここに居る筈のりっちゃんは、秋口に引退しちゃったから、卒業生席で同じ様に見ていると想う。
こーちゃんが用意されたマイクの前に立つ。
ねえ、本当に今日で最後なの。
本当に卒業しちゃうの。
イヤだイヤだって、想っていたこの日が遂に来てしまった。
あんなにいろーーーんな事がいっぱいあったのに。
お父さんもりっちゃんも居なくなってしまう。
鬱陶しい3大勢力も、ほとんど顔触れが変わってしまう。
ねえ、やっぱりイヤだよ。
今すぐ全部、夢になったら良いのに。
だけど、隣に座ってるお母さんが、きちんと前を向いているから。
そーすけもひさしも泣かずに我慢してる、生徒会の他の子達も皆、黙って卒業を受け入れようとしてる。
3年生ばいばいパーティーも大騒ぎの内に終わっちゃった。
この答辞が終われば、本当に3年生は居なくなるんだ。
わかってた事、ちゃんと2人でしっかり乗り越えようねって決めてた事。
最後ぐらい、ゆーみーの男らしい所、成長した所を見て貰うんだって。
誰も泣いてないもの。
なのにこーちゃん、やっぱり寂しいよ。
マイクに手を触れたこーちゃんは、暫く何も言わなかった。
いつもよりもっと、パーティーの時よりも男前に見える。
次第にザワザワし始める講堂内をゆっくりと、ひとりひとり、ひとつひとつを見渡して。
そのすごく温かくて優しい眼差しに、ゆーみーははっとなって背筋を正した。
やわらかく微笑った口元が、やがて静かに言葉を紡ぎ出す。
「今日、ここに立った時、何が言えるだろうって想ってた」
あれ、こーちゃん、素だ。
お母さんと両想いになってからも、ふざけた演技はずっと続けてたのに。
全部、素のこーちゃんだ。
「あの時もっと上手くやれたんじゃねえか、どうしてあんな結果になったのか…どんなに1日1日が大事で悔いない様にっつっても、そう上手くいかねえじゃん。俺はまだガキだし、何も知らねえ。毎日手探りだった」
「「「「「嘘吐けー」」」」」
「いや、マジだって」
「「「「「お父さぁん!頑張ってー!」」」」」
「ありがとー」
バスケ部の野次と、見守り隊の声援に応えるこーちゃんに、どっと笑いが起きる。
こーちゃんもくしゃって眉頭をすがめて笑って、それから、目を伏せた。
「無茶させられたし、それよりもっと無茶して来たなぁ…あ、恨んでるわけじゃないんで」
またどっと笑いが起きる。
「マジでマジで。やー、実にいろいろあったな!」
こーちゃんのしみじみした明るさに、講堂内がふと、しんみりした。
うん、いっぱいいろいろあったね。
こーちゃん、あのね、謝りたいこともお礼を言いたいことも、たっくさんある。
どんなに時間を使っても足りないぐらい。
だから行かないで欲しいなんて、絶対に言えないワガママだけど。
幼等部の頃から今まで、ずっとずっと。
「俺は十八学園はすげえ良い学校だし、もっと良くなるって信じてる。ここで過ごせて本当に良かった。すっげえ楽しかった」
そんなの、ゆーみー達のほうがもっと想ってるもん。
こーちゃんが居なかったら、そんなの考えたくもないよ。
あったかい日々がぎゅんぎゅんと、頭の中に浮かんでは消えていく。
甘やかされたり怒られたり、誉められたりふざけたり、サボったり、皆まとめて怒られて逃げたり、お母さんが来てからは家族みたいで、いつもこーちゃんは最後には笑ってた。
そうだ、今も同じ。
「先輩達を見送る度に想ってた。初等部中等部はてきとーに『また会おう』で良いけど?今日はそうじゃない。今日俺に何が言えるのか…この時にならないとわかんねえなって。けど、言葉はすげえな。たった一言で全部現せられる」
こーちゃんは笑うんだ。
お母さんも笑ってる。
最後には笑う。
何の為に?
わかんないけど、ちょっとだけわかる。
自分の為は、皆の為。
男だから、人間だから、簡単に挫けないんだ。
「ありがとう」
マイクから離れたこーちゃんの、想いのこもった言葉が響き渡る。
深く深く一礼する、こーちゃんに卒業生も在校生も先生も、皆席を立って拍手した。
「「「「「ありがとー昴!楽しかったー!」」」」」
「「「「「お父さーーーん!ありがとう〜!」」」」」
「「「「「柾様〜ご卒業おめでとうございます!」」」」」
いろんな声が反響して、顔を上げたこーちゃんは笑ってひとつひとつに頷いた。
お母さんもそーすけもひさしも、皆、笑ってる。
目はウルウルしてるけど、ぐっと堪えて笑って祝福してる。
ゆーとみーもお腹に力を入れて、目一杯笑ってこーちゃんの名前を叫んだ。
「以上!あ、追伸!陽大に手ぇ出したら許さねえ。以上を以て答辞と代えさせていただきます。3年A組柾昴」
わぁお!
「「流石、お父さん!」」
ゆーみーのお父さんに抜かりなしだ。
ぼぼぼっと真っ赤になるはるとを囲んで、大声で笑って手を叩いた。
「「お母さん、行こ!」」
楽しかったって言ってくれたこーちゃんが、楽しいまま学園を卒業できるように。
笑って笑って見送って、今度はゆーみー達が無茶して楽しむ番!
お別れは悲しい事じゃない。
すぐ会える、会いたい気持ちがあるならすぐ会えば良い、連絡すれば良い。
「えー…ゴホン!これにて第101回卒業式典を終了致します。卒業生は退場後、各クラス毎に教室へお戻り下さい。在校生はそのまま待機し、卒業生の退場後、正門前へお並び下さい。繰り返しご連絡致します…」
キャーキャー、わーわー騒がしい中、笑い声混じりの放送が流れる。
ゆーとみーは手を繋いで、お母さんと講堂から走り出た。
早咲きの桜も一緒に笑う様に風に揺れていた。
2014.11.3(mon)23:57筆[ 755/761 ][*prev] [next#]
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