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 少し乱れた呼吸を整えて、再び歩き出した時だった。
 「「「「やいやい!待て待てぃ!」」」」
 ざざざっと地を蹴りつける音がして、目の前に影が覆い被さる。
 気付いた時には四方を囲まれていた。
 自然に嫌な手触りの記憶が甦るのを、腕を強く握って耐える。
 コレも業だ。
 自分が諦め、放置し、救いの手をはね除けて声を閉ざした、それだけの事。
 甘んじて受けねばならない。
 
 1度は落ち着いた呼吸がまた怪しい気配を帯びてくる。
 長く伸びた前髪の隙間から囲まれた連中を眺めてみれば、武士道の幹部の面々だった。
 間が悪い。
 因りに因って厄介な連中が出て来たものだ。
 「「「「そーちょーふくちょー捕獲したぁー」」」」
 嬉々として声を張り上げ悪どく笑う連中の言葉の意味に、今度こそ血の気がなくなる。
 「でかした!トンチンカンヨシコ」
 「偉い偉い〜」
 「「「「わぁい!誉めらりた!」」」」

 案の定、コイツらより悪どい笑みを称えた金色と銀色が現れる。
 武士道のテリトリーから外れたこの場所、どういう事だ。
 会長と前陽大の見張りか警護か、いずれにせよ状況は悪い。
 「久しぶりだね〜一舎君…?」
 「全くだ。トン達が急に駆け出した時は何かと想ったが、お手柄だな!」
 「「「「キヒヒ!だけど、お母さんに誉められたいナ…」」」」
 「はるるも後で話したら誉めてくれるよ〜」
 「おードーナッツ揚げてくれんじゃね」
 「「「「やりぃー!というワケで覚悟しろ、一舎祐!」」」」
 
 4本の指を突き付けられて、奥歯を噛み締めた。
 コイツらが目に入れても痛くない勢いで大事にしていた、前陽大を傷付けた代償は、どれ程殴られれば完済できるのか。
 鮮やかな世界は遠退き、再び暗黒に支配されるのかと想った。
 それは僅かな間の事。
 「「「「大人しく観念して武士道に入りやがれぃ!!」」」」
 「神妙にしやがれぃ!」
 「さっさと諦めてね〜決定事項だから〜」
 「は…ァ?僕が、武士道に…?何を仰っておられるのやら…」
 意味がわからない。

 「「「「つまりぃーお前はたった今から武士道の監視下に入る!」」」」
 「野放しにはできねぇからな、こちらとしても。けどてめぇボコった所で俺らの気が多少晴れるだけ、はるとはんな事望まねぇし。何も元通りには出来ねぇとなったら、身近に引っ張り込むのが1番だ。アクの強いてめぇなら武士道が相応だろうよ」
 「まぁね〜利害が一致してると想うんだよね〜武士道の名前背負って立つとなりゃ、クソガキ共に入れ知恵してるヒマないし〜俺ら見てるし〜一舎君の悪知恵に関しては買うって事〜別にケンカしろとは言わないけど〜防御ぐらいなら自然と身に着くんじゃない〜?」
 かったるそうな銀色の瞳は油断ならない冷たさで、けれどあっけらかんとしている連中の空気が不思議で。

 「…僕に是非もないって事ですヨネ」
 「「「「「「無論」」」」」」
 わけのわからないまま、流れに乗るしか道がない事に頷こうとした時だった。
 「はい、ちょっと待ったー!!」
 「「「「「「げっ、片前尚!」」」」」」
 「一舎君の武士道入りは賛成でーす!だけど僕も彼と2人っきりで話したい事があるから…ごめんね…?彼ちょっと借りるね!後で返してあげるから」
 更にわけのわからない内に、突然の乱入者に手を引かれるままその場を離れた。
 「「「「くっ…片前尚め…でも、チョット可愛かったナ」」」」
 「なーアイツ小悪魔系でちょっとヤバいよなー」
 「騙されてんなよ〜バカ野郎共〜昴と同じ子犬ならぬ子猫の演技じゃん〜」
 「「「「「はっ、そうか!こっわ!」」」」」

 武士道から離れ、何処だかの校舎の物陰に潜むなり、片前尚は不遜に笑い出した。
 「おかえり、一舎君。待ってたよ、有能な新聞報道部員の帰還を、ね…」
 部員同士すら知らない情報を知っている、片前を凝視する。
 「やだーそんなに警戒しないでよー!僕の事は部活中は部長と呼ぶ様に!」
 「な?!まさか、片前、お前は…」
 「あ?今何つった、平部員のひ・と・つ・や・君…?誰が呼び捨てにして言いつった」
 「す、すみまセン…ぶ、部長」
 ドス黒くも艶やかな笑みを浮かべる、小悪魔ならぬとんでもない悪魔の登場に戦慄する。
 所古先輩の恋人として名高かった片前が、まさか新聞報道部まで継承しているとは、あまりに予想外だった。

 「新年度につき、僕は所古部長から新聞報道部の行く末を頼まれ、喧嘩道も引き継ぐ事となった。だがその前に、僕は柾様の従者として存在している。君もうっすら記憶しているんじゃない?僕以外にも君達が知った柾様の配下は卒業した富田様、現役のタローちゃん、極秘だけど武士道の吉河と、まだ公にしていない複数人が存在している」
 今度こそ血の気が引いた。
 あの大人数をごく少数で仕留めた、信じ難い現実が甦る。
 武士道の比ではない、会長と前陽大の黙認を得ても、この人達は退かないだろう。
 「そ、れで…?」
 殴るなり蹴るなり好きにすれば良い、こちらに何の言い分もない。
 それでも恐怖で強張る声に、片前はきれいに口角を上げて頬を綻ばせる。

 「1年間」
 喉の奥が引き攣った。
 1年も殴られ続けるのか、それも致し方ない、まだ優しい方だろう。
 綺麗な人指し指を1の形で立てたまま、上機嫌の笑顔が弾ける。
 「一舎祐、君には1年間、柾様と前様の専属パパラッチとなって貰う」
 「は、ええっ?」
 「あっはっは!想い知りやがれ、自分の罪深さをとくと噛みしめるが良い!言っておくけどあの2人のラっブラブぶりに砂吐き被害者続出中だからね?覚悟しな!それでも『お父さんとお母さんを見守り隊』始め、2人を応援するファンは拡大の一途を辿っている…今や新聞報道部に求められているのは、2人のラブラブ家庭生活の暴露!!非常に重要であり最もバカバカしい任務を君の罰として与える。君に拒否権も途中棄権も許されない!良いね?」

 加えて武士道の活動にも参加し、学園生活も怠らない様にと言い聞かせられ、奇妙なまでの気迫に押されてただ頷いた。
 頷くしか道はなく。
 今朝、教室に辿り着いた時の閉塞感が、嘘の様に消えていた。
 「これから忙しくなるよ!因に今後、公の場で変装なしに君に話しかける事はない。部員としての誇りと気構えは忘れぬ様に、2人のラブラブぶりに毒されようとも毅然として立ち向かい任務を全うする事!わかったら返事!」
 「は、はい!」
 どこまでも続く青空の下、笑顔が溢れる。
 まだ上手く笑えない、笑ってはいけない気さえするけれど。
 
 風に乗って廊下に飛んできた花びらを、とても綺麗だと想った。



 2014.11.2(sun)23:48筆


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