134.一舎祐の暗黒ノート(最終頁)


 世界は暗黒だった。
 何も信じられない。
 何も信じない。
 光なんて一筋も差さない、ひたすらの黒色。
 何も見えない。
 何も見たくない。
 『どうしてえのか、どうなりてえのか言えよ』
 中等部の頃の記憶が過る。
 うるさい、うるさいよ。
 今度の会長はハンパじゃないって、下界でもちょっとしたカオらしいって?

 腕っぷしの強さまで武士道と渡り合うと噂だった、アンタだって卑怯な武器や人数の前ではそんなに怪我をして、口先だけは相変わらずご立派で!
 『放っといて貰えマス…?柾会長サマ。自分のコトなんで』
 偽善者ぶった救いの手なんか要らない。
 どうせ縋った所で、本当にヤバくなったらアンタとて我が身可愛さに引くだろう。
 無敵で万能なアンタのブランドとプライドを傷付けない為に、1度は差し伸べた手を容赦なく振り払うんだろう。
 先が見えてる茶番よりも、虐げられ続ける方が遥かにマシだ。
 そうしていつか、そうやって弱者を助ける良き王様気取りのアンタの足元をひっくり返す。

 だって会長には、親しくもないタダの行きずりのイジメられっ子を助ける理由がない。
 暗い妄想を育てている方が健全だった。
 ひっくり返されたのはこちらだったけど。
 全てを知った親は驚き、加害者に憤り、息子の不遇を嘆くと共に叱り、逃げる事は許さないと言い放った。
 理由はどうあれ逆恨みで人を傷付けて良い道理などない。
 先方の心情と学園の判断を重々受け止めた上になるが、体調が回復次第、留年しようと如何なペナルティーが課せられようと、許される限りは復学しなさいと。
 そしてとにかく謝罪し、悔い改めて真っ当に学生の務めを果たす様に。

 本格的な療養はそれからだと放り出された、学園は第101回目の1学期を迎えた。
 噎せ返る様なありのままの自然、強い風に煽られた桜が吹雪の様に舞う。
 当然の事ながら、高等部だけではなく中等部にも噂は浸透しており、また繰り返す高等部1年は始業式早々に気詰まりなものだった。
 元々親しい者など居ないから良いものの、腫れ物に触る様にかつての後輩達から遠巻きにされている空気は禍々しく硬い。
 仕方がない、ある意味望み通りと言えよう。
 こうして戻って来たのが有り得無い話だ。
 学園と寮を往復し、長期休みには実家に戻る、それを後3年続ければ良いだけ。

 感情を殺すのは慣れている。
 気配を消して、息を潜めてやり過ごせば良い。
 無機質に灰色の世界を歩き続ける、急に色がついたのは中庭を通りがかった時だった。
 笑顔を交わす身長差のある2人組に、何となく目がいったのが間違いだった。
 柾昴と、前陽大だと、全身がざわりと騒ぐ。
 楽し気に目を細めてじゃれる様に歩く、春の恩恵を受け止められる明るさに足が竦む。
 光溢れる世界。
 自分の世界にはない色鮮やかさに、ただ目を奪われた。
 まさか気付かれはしまい。
 桜の下に縫い止められた様に棒立ちになっていた、ふと、2人同時に振り返る。

 目が、合った。
 広い学園内、学年が違えばそう顔を合わせる事はない。
 恐ろしく目立つ会長も、注目の的である前陽大も、前に立つ事が多くても黙って顔を伏せていれば看過できると。
 稚拙な一筆だけではなく、謝罪はするつもりだった。
 決心が着いていないだけで、いずれもう少し全てが落ち着いてからと、曖昧な結論に勝手に納得していた。
 まさか始業式当日に顔を合わせるとは、想ってもみなかった。
 コレも己の業なのか。
 自ら招いた事、やはり相当不運な運命なのだろう。

 大きく開いた距離の隔たりを、桜が優雅に通り抜けて行く。
 そのまま気にせず去ってくれる事を願うも虚しく、前陽大は目を見張り、固まっている。
 会長は相変わらずいやに強い眼差しを、淡々と真っ直ぐに向けてくる。
 気遣わし気に華奢な肩を支える、抜かりのなさが「らしい」と、麻痺した意識が見つけて訴えかけてくる。
 ほんの数瞬だったか。
 強張った表情からぎこちなく、笑みの形を刻んだと想ったら、すぐに満開の笑顔になった。
 呆気に取られる程の、眩しい笑顔だった。
 世界がより、色を為す。
 桜の色がより華やかに、生き生きと新緑が映え、吹き荒ぶ強い風も空色で染めた様に、すべてに色がつく。 

 まるで邪気のない子供の様な顔のまま、おもむろに前陽大と会長が会釈をしてきた。
 言葉はない。
 何もないのに。
 初めて、胸に熱いものが込み上げてきた。
 『一舎さんはご存知かしら。ひとつひとつの命が重いと言われる理由。
 それはね、ひとつの命に対して、数えきれない無数の命が関わっているからなの』
 あの時の言葉の意味がふと、わかる。
 身に染み込んでいく。
 陽の光は自分にも、降り注いでいた。
 散りゆく桜の花びらにも、惜しみなく温かく、光は人気のない中庭にも差している。
 
 暖かさに触れ、ふと我に返って慌てて不器用に頭を下げた。
 精一杯の一礼だった。
 空気がやわらかく動き、やがて2人が去った気配がしても、そのまま暫く頭を上げられなかった。
 生きようと。
 何故かひたすら想うままに、息を吐いた。
 生きるしかできない、全てなかった事にはならないから。
 恐怖の記憶は消えない、犯した過ちも、何ひとつなくならないけれど。
 地上に墜落するのではなく、弱々しくても立ち止まっても、土を踏み締めて歩き続けよう。
 存在する事を黙って許して貰えた、それだけでもう十分だ。



 2014.11.2(sun)22:33筆


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