132.スパイシーな電波の行方


 何だ、このザマは。
 睨み合いにもならないのは何故か。
 あの夜を再現するが如し状態であり、此所は俺達の城だ。
 緊張と怒りと妬みで高揚している、あの日より余程血の気の多い連中を前に、一切の迷いも怯みもない。
 飄々と誘いに乗って来る事自体が愚かと、皆で嘲笑ったものだが、それにしてもこの余裕、陽大を盾に立って居るからだけではないだろう。
 「コワイょ、はる…あの子、さっきからおれのこと、睨んでくるの…」
 「秀平、めっ!そんな怖い顔、いけませんよ!ちっともイケてない顔になってますよ!」
 …いや、存外それが最強の理由かも知れないな。

 「はるぅ…あっちのメガネの子も睨んでくるょ…こめかみに青筋…コワイっ」
 「礼央、めっ!そんな変な顔しないの!どうしたの、いつも冷静で誰より大人なのに」
 「お母さんこそ、その後ろのバカデカい男、さっきからお母さんの見てない隙に極悪ヅラで挑戦的にせせら笑ってくるんだが、騙されているにも程があると想う」
 「えっ、柾先輩?」
 「はるとくん…あのメガネの子、おれのことバカで悪人顔だって…!わぁっ」
 「まぁまぁ…よしよし、大丈夫ですからね。礼央、先輩は生まれつき悪顔イケメンなんですよ?仕方ないでしょう、人のことをそんな風に悪く言うものじゃありません。先輩も男の子ですからね、そんなに落ちこまないで。礼央は口が悪くて人見知り気味の子ですが、根はいい子なんです。ちょっと不器用なだけで…わかってあげてね」
 「ウン!おれ、なかない。あのコワイ子たちとも、なかよくする!なかよく、したいナ…」

 うんうんと満足気に頷き、在ろうことか昴の頭まで撫でた陽大が、くるりと俺達の方へ向き直った途端、陽大の方に甘える様に寄りかかったまま、その辺のヤ●ザ顔負けのとんでもない極悪顔でにやりと口角を上げ、怒りに震える俺達を見下した視線で挑発してきやがった。
 陽大、本当にお前は大丈夫なのか。
 「秀平達が会いたいって、紹介してって言ってくれたから来たのに…楽しみにしてたのに、仲よくできないならもういいです。折角たくさん、ドーナッツ揚げてきたのに…っ、全部、全部武士道にあげるから!こんな険悪なあなたたち、もう知りませんっ」
 「「「「「お、お母さんっ!」」」」」
 ぷいっと後ろを向いた陽大を、今度は立場逆転、優しく甘やかす様にベタベタ触れながら、優越感満載のガラの悪いドヤ顔を向けて、口パクで「バーカバーカ」と言ってくる、コイツを今すぐ破滅に追い込んでやりたい。

 しかし、陽大の機嫌を損ねかけているどころか、縁まで切られそうなこの状況、圧倒的に不利なのは俺達であった。
 この敗北感はどうした事か。
 礼央の取りなしでどうにか場を治め、ぎこちない空気を残しながら、久しぶりのドーナッツパーティーとなってから数10分、どんなに考えても観察しても、答えは出なかった。
 俺達とした事がこの体たらくとは、どうなってやがる。
 ヤツより圧倒的に長い。
 圧倒的に濃密な時間を共にし、長年側に居て、「お母さんと子供達」という確個たる絆を築いてきた。
 陽大は誰にでも公平で優しく、時には厳しく、温かい存在として側に居てくれた。
 
 この俺ですら叶えていない、陽大の特別な存在になりたいという望みを、たった1年足らずで勝ち得るばかりか、恋人という考えられない至高の立ち位置へ君臨するとか。
 礼央より根本的な人見知りで、親しくなるのに時間がかかる陽大相手に有り得無い話だ。
 何だ、あの肩だの腰だの気安く腕を回して、頭を撫でるわっておいマジか、頬についた砂糖を舐めるわ(あ、流石に渾身の蹴りを喰らいやがったな)、何たる暴挙の数々!
 まして陽大から気安く触れてくるなど、1年がかりだったぞ、こっちは!(ん?まだ陽大サイドに若干の緊張は残っている様だが、その初々しさも眩しいな…)
 何より楽しそうに笑っている。
 陽大が笑みを絶やさず、そうやって陽大が笑ってるから、連中も刃を収めるしかなくて。

 本当なら昴に何を暴かれても仕方のない立場だ。
 俺は散々、昴を酷い目に遭わせて来ている。
 何1つ悔いはないが、それでも陽大に己の最悪な一面を伏せて来た事に変わりはない。
 数カ月前、たった1人現れた昴をこの面子で取り囲み、無抵抗を良い事に暴行した等と知れたら、理由の如何にせよ陽大は俺達を許しはしないだろう。
 許す云々の前に2度と笑いかけてはくれまい、こうして会う事もなくなるだろう。
 何をどう報告されようと、俺に文句のつけようはない。
 だから寧ろ、先に懺悔しようと想っていた。
 殴られるぐらい覚悟していた今日、呼び出したのは昴1人の筈が、何故かヤツは陽大を伴って訪れた。

 誰が紹介してくれと頼んだんだ。
 何を企んでいるのか、てめぇの城が如く悠々と過ごす様を観察しているが、わからない。
 「昴、陽大」
 久しぶりのドーナッツに浮かれる連中を放置して、実に呑気な面構えの2人を呼ぶ。
 「話さねえのか。そのつもりで連れて来たんだろーが」
 気に病むなんて性に合わないんだよ。
 きょとりとする陽大を後目に、醒めた眼差しが俺をまっすぐ見据える。
 「言ってどーすんの、終わった事を。過去にしがみつく趣味は無え」
 「ふうん?じゃあ、どういうつもりだ」
 「友達なんだろ」
 「あ?」
 話が見えずにきょときょとする陽大を、打って変わって優しい眼差しで見つめて、穏やかなまま俺を振り返った。

 「陽大がいつも言ってる。秀平達は大事な友達で幼馴染みなんだって。そういう存在がどんなにかけがえがないものか、俺も身に染みて知ってる。陽大の大事なものを俺が大事にしない道理が無え。なーはる。でもこの秀平っていう子、ちょっぴり素直じゃないネ!」
 「そうですねぇ。秀平はちょっぴり意地っ張り屋さんですけど、実はこのドーナッツが大好きで、かわいいところもいっぱいあるんですよ。それに、困った時はいつも話を聞いて支えてくれて…とっても心強いんです」
 照れくさそうに頬を染めて、陽大が笑う。
 「それにしても、柾先輩と秀平たちが顔見知りだなんて、想ってもみなかったですー世間は狭いってほんとうですねぇ。なんだか嬉しいです。ちょっと変わった仲よしさんっぽいですし、これからもこうして集れたら楽しいですねぇ」
 
 途端に子犬の演技を続行して可愛いぶる昴を、どうやら陽大はすっかり信頼している様だ。
 それはどうかと想う、この男の得体の知れなさは変わらない。
 だが、どう足掻いた所で敵わないのも知っている。
 何よりお前がこんなにも幸せそうに笑って、安心しきった顔でいるから。
 最早、何の口出しも無用で不要だ。
 陽大が選んだのは、昴だ。
 「陽大」
 幾度めかのドーナッツで乾杯を交わす2人に割って入り、無理矢理に乾杯した。
 「昴が浮気したとか、冷たくなったとか、ちょっとでも理不尽なマネしやがったらすぐ俺に言え。いつでも駆け付けて殴り倒してやるからな」

 陽大に大事な友達だと言われた。
 その言葉に恥じない様に、これからもお前達を見守り続けるとしよう。
 何がどうなろうと俺は、俺の道を歩き続けるさ。



 2014.10.28(tue)23:59筆


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