131.十左近先輩の気苦労日記(最終更新)


 パチパチと拍手が鳴り響く。
 左右から別れを惜しむ、様々な声が聞こえて来る。
 ブラスバンド部が奏でる、「あおげば尊し」を背に、俺達はゆっくりっつかダラダラと列の最後尾を歩く。
 俺は隣に居る所古や、俺らの前を行く宮成と違って、どんな声援だろうと愛想良く応じた事などなく、宮成の隣を歩く日和佐と近い硬派で押し通して来た。
 けど最後ぐらいはどうしようもねぇな。
 どこか哀愁漂う声援や、馴染みのある後輩の声には、顔を上げて手ぇ振るぐらい大した手間じゃない。

 日和佐も同じ心持ちなのか、だがそこは流石に硬派の中の硬派なだけあって、いちいち立ち止まり呼びかけられた辺りを定めて一礼するもんだから、俺らはダラダラ行軍する羽目になっている。
 桜が時折、名残の雪の様に舞っている。
 澄み切った青空に光り輝く太陽は眩しく、卒業証書の入った円筒で光を遮りながら、下界より美しい空を見上げた。
 今日で見納め、か。
 次々と同胞が通り抜けて行く、前方にそびえるあの正門を抜ければ、それで終わりだ。
 道の左右に分かれて見送ってくれる後輩共、もう遠くに天辺だけが臨める学び舎、そこかしこに溢れ返る自然、毅然と前を行きそれぞれの道へ歩み出す同胞達。

 1つ1つが胸に迫り、何だろうな、笑える。
 嘘みてぇだな。
 3年になったと同時に腹決めてたのによ。
 つーか2年の春休みの段階で心づもりは始まっていた。
 いざ当日を迎えると、まるで他人事みてぇに遠くぼんやりと感じる。
 道の最後には、3大勢力が揃っている。
 あいつらに後を託す事には何の不安も迷いもない、寧ろ俺らより余程デキるヤツらだ。
 間違いなくより良い学園を作って行くだろう。
 息を吐いて、じゃあ最後に何か言う事あんのかって、自問する。

 「…チビちゃん、泣いてたな…」
 「「「ああ」」」
 声援に掻き消されて当然の、独り言の様な呟きを、こいつらは何故か耳聡く聞き取った。
 泣いてたなぁ、チビちゃん。
 式典中、目ぇ真っ赤にして、けど一瞬も見逃すまいと頑張って立っていた。
 俺らの為の涙だって自惚れても良いよな。
 ホントに良い子だったから、チビちゃんは。
 その隣には今までずっとそうしてきたかの様に自然に柾が居て、チビちゃんを慰め労うのはアイツの役目で。
 俺らは卒業して行く人間だから。

 「良かったのかよ、お前ら」
 いろんな意味で問い掛ける。
 いろんな意味で、3者3様の苦笑が返って来た。
 そう、俺らはとっくにこの籠の中の楽園から出て行く事、俺らの世界に戻る事を当然と決めていた。
 もう1年あれば良かったのか。
 いや、これで良かったんだ、柾の様な甲斐性は誰にもない。
 先輩面すんのも兄ぶんのも、参戦するにしても、いずれにせよ中途半端で遅かった。
 「所古ーソレ、片前の作ってたヤツだろ。どーすんの、お前」
 感傷を振り切る様に所古の首に巻かれた、手編みの…いや指編みの見事なマフラーを差す。
 
 所古は微笑って、緩く首を振った。
 「どうするも何もないさァ。もう話は終わってるんでねェ」
 神妙な顔付きになるコイツらを見渡し、報われねぇな俺らはと、わざと笑った。
 学園には妙なジンクスが大量にある。
 卒業生からブレザーのボタンを貰うと両想いになるだの幸せになるだの、ボタンの持ち主と同じ能力を得られるだの、卒業ひとつ取ってもバカらしくて数え切れないものだが。
 所古のボタンが全滅しているのは、ああ見えて一途だった片前に全て捧げたのだろうと、そうだったら良いとらしくなく願った。
 
 やがて、正門が近付く。
 「ウザサコン、ばいばーい!」
 「ウザコマも、ばいばーい!」
 「「「「ばいばいきーん!」」」」
 「「「「「委員長、お疲れ様でした…!」」」」」
 「宮成パイセンのバカ〜!最後ちょっと手伝ってくれて嬉しかったけどぉ〜」
 「サヨナラ。」
 「「もう2度と来ないでねー」」
 口々にやかましく囃し立てるクソガキ共に、それぞれ対応しながら。

 「お世話しましたーお世話になりましたー」
 悪どく笑う柾の隣には、チビちゃんが居た。
 あれ、泣いてねぇな。
 チビちゃんは少し赤くなった目で、満面の笑みを浮かべ、俺達を見送ってくれた。
 「宮成先輩、日和佐先輩、所古先輩、十左近先輩、ご卒業おめでとうございます!どうかお元気で…また、いつか!先輩方のご活躍を心から祈っておりますっ!」
 また、いつか。
 そうだな、またなチビちゃん。
 これで終わりじゃない、互いにその気があればいつでも会える。
 これから俺達は違う道へ進む、その場所は違っても、どんなに離れて時を経ても、俺達は気持ちひとつで会いに行ける、声を届けられる。

 正門を通り抜け、まだ聞こえ続ける演奏と声援と、3大勢力の野次を背に立つ。
 「「「「じゃあな」」」」
 頑張れ、頑張れよ。
 頑張ろうな。
 此所で過ごした悲喜交々の日々があって、時を同じくした存在が世界の何処かに居るとわかっている限り、どんな荒波に襲われようと俺達は大丈夫だ。
 大丈夫にする力を持っている。
 ぱんっと手を打つ音が4つ分響いた。
 誰ともなくハイタッチを交わして、それきりただの1度も振り返る事なく、家の者が待つ車寄せへ向かった。

 …後に俺は新たなジンクス、「卒業の日に正門で仲間とハイタッチし合うと願い事が叶う」がまことしやかに囁かれていると知り、いつまでもこの4人で何とも言い難い気恥ずかしさを共有する事となるのであった。



 2014.10.27(mon)23:44筆


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