130.白薔薇さまのため息(最終回)


 あーーーやれやれ!
 遂にこの日が来たか。
 最後の最後まで気が抜けなかった、退寮後、実家へ戻った後も心が安まる事はなく、常に緊張に苛まれていたものだがそれも今日で終わりだ。
 お役目御免。
 さらば十八学園、さらば我が青春よ!
 我が真の青春第2章はこれから始まるのだ。
 ザマァ見やがれ、あーっはっはっはーーー!!
 しかし、歓喜に打ち震えるこの心の内を明かす訳にはいかない。

 門を出るまで、家に到着するまで、遠足は易々と終わらないのだ。
 「皆…今まで世話になったね…」
 「「「「「富田様…」」」」」
 「ありがとう。君達の柾様への忠誠、尽力の限りは本家に重々報告しておく。俺は今日で去る事となるが…君達と過ごした長く険しい道程、共に柾様に振り回されてあちらこちら駆けずり回った汗と涙と涙の日々は決して忘れない…!想い出を…ありがとう…っ!!」
 「「「「「富田様、富田様、顔がニヤけ過ぎ」」」」」
 「ふっ…数々の輝かしい想い出がこの胸に去来し、笑うしかないと言うか…涙が止まらないょ…」
 「「「「「ソレ、歓喜の涙ですよね?」」」」」

 ちぃっ、流石は長年の知己、かわいーかわいー親衛隊ちゃん達は見事騙し通せたものの、コイツらには通用しねえな!
 ま、しょうがねえ、騙し騙しでやり過ごせるヤワな連中じゃねえからこそ、俺は無事に卒業出来るのだから。
 「あっーはっは!バレては仕様がない!そうさ、この喜びが如何程かお前らとて想像に容易いだろうよ…?悪ぃな!一足先にバックレんぜっ!!後は片前とタローちゃん連携して、皆イイ子でな!よろしくぅ!!」
 「「「「「ははは…はぁ。嫌が応にも承知いたしました」」」」」
 どーせ春先の一族の集いで顔を合わせる事になる。
 
 軽く挨拶してお開きにし、歩き始めた俺の隣に片前が並んだ。
 「長年のお勤め、お疲れ様でした」
 「どーいたしまして!いや〜スッキリしたわーやっとスッキリしたわー片前、後1年…いやいや前君が居るから2年か…任務終了の爽快感はパネェから!それだけ言っとくわ!ま、大分マシになって来たしなっ」
 バンバンと背中を叩いてやると、怜悧な瞳がうんざりと視線を返し、息を吐いた。
 「富田様、それは承知し諦めておりますが…貴方ときたら、柾様の為とは言え、この学園で何人の子を泣かせてきたんです?卒業式中、俺は貴方を見ながらそっと涙を拭う後輩先輩を複数見かけましたが…織部様もお辛そうでしたよ?」

 流石に鋭いな、片前は。
 「泣かせたとは人聞きの悪い!悪の道から救ったと同時に、本当の快楽を教えてあげただけじゃないか。あの子達とはちゃんと切れてる。まして心太は同志、先輩後輩の良好な仲だ、何の問題もない。立つ鳥後を濁さずってね。それより片前、お前は良いのか。あのチャラ男」
 片前は無言で妖艶な微笑を浮かべ、ウィンクしてきやがった。
 まったく、浮かばれない子だね、お前は。
 「説教は趣味じゃないが…苦労ばかり背負い込んで報われない道など、本家がお許しにならない。わかっているだろうね」
 「ええ、勿論」
 目を伏せる横顔は美しく、人はいずれの形にせよ恋を全うさせると美しくなるものだと。

 淡い色の花弁が舞う中、苦楽を共にした仲間の未来が明るいものとなる様に祈った。
 「富田様」
 呼びかけられて顔を上げると、我が主と前君が肩を並べて向かって来るところだった。
 「俺はこれで」と片前がそっと場を離れる。
 「富田先輩!お時間ですよー。3年生の皆さん、お並びになってます」
 「一平、陽大を困らせないで!」
 さあっと風が吹く。
 花弁が我が主とその想い人を祝福する様に包み、吹き抜けてゆく。
 暖かな光が差し、一瞬だけ2人を照らした。
 「わーすごい風ですねぇ」
 「なー」

 微笑い合う2人を見て、何の心配もないと、俺は笑った。
 「柾様、長い間お側で仕えさせて頂き、誠にありがとうございました」
 「あ?急に改まんなよ、一平。こっちこそ世話んなったのに。ありがとうな」
 頭を上げ、この場に居ていいものかとまごつく前君を見つめた。
 「花、曲がっているよ」
 「え?あっ、すみません…恐縮でございます」
 風に煽られたのか、胸に飾った在校生用の花飾りの歪みを直した。
 「前君、短い間だったけど、君と知り合えた時間は貴重だった。複雑な事に巻き込み、余計な事まで言って戸惑わせ、本当に申し訳なかった。済まない。何よりも、ありがとう」

 我が主の家族にしか見せない笑顔をこの目にしただけで、俺達にとっては僥倖だ。
 彼の人の幸せこそ、我等の1番の望み、喜び故に。
 「いえ、そんな…とんでもないことでございます!こちらこそ、富田先輩にはたくさんご迷惑おかけし、お世話になり…すみませんでした。ありがとうございました」
 眉の下がった申し訳ない顔をしたかと想うと、ほわほわ笑っている。
 くるくる変わる表情に、主が彼を見守る瞳は穏やかで何より優しい。
 「ふ…まぁ、これから頻繁に顔を合わせる様になるしね。取り敢えず俺は卒業するけれど、学園の事は片前達を頼りにしてくれ。とにかく今後共よろしくね」
 ぽかんとして、まんまるになった目を見て、やはりそうかと肩を落としかけた。

 いや、この御方にそういう細やかな配慮を期待する俺が愚かなのだ。
 咳払いして、こんな局面でネタ明かしをする。
 「柾様から聞いていないよね。そりゃそうだろうね、いや構わない。あ、ちょっと待って。柾様、きょとーんと小首傾げないっ!一般生徒に見られてたら大問題です。俺様生徒会長モードに戻って!そう、此所は学園敷地内、これから卒業生が門を出る見送り後、諸々の後始末がお有りでしょう。お気を確かに!…ふう、失礼、お待たせ」
 「富田先輩、なんだか大変ですね」と察してくれる天使に、長年の疲れが癒える様だ。
 これからは君も柾様の制御に一役買ってくれる事を、俺は手前勝手ながらひそかに望んでいるよ。

 「さて、何て事はない話なんだが…夏の体育祭でこの御方が号外騒ぎを起こした『玲奈』様だが、実在するご令嬢でね。柾様の妹君であり、俺の婚約者でもある。君と柾様へ集中しそうだった号外記事を目眩ます為、玲奈様のご協力を仰いで捏造したんだ」
 まんまる気味だった目が、さらに丸くなり、驚きで言葉も出ずに、柾様と俺を交互に見比べる前君に、我が主はあろう事か呑気に呟いている。
 「あれ?言ってなかったっけ。つーかそんな事もあったなー懐かしい」
 「な、な、な…!い、妹さんって、ええっ、富田先輩の婚約者さまっ?!」
 「「そうそー」」
 頬を手で押さえて呆然とする前君に絡みつき、ちいさな手の上から更に手を重ねられて戯れる柾様は、実に楽しそうであった。

 「柾家は、いや一族そのものがとても仲が良くてね。前君も会えばわかると想うんだが…そう言えば柾様、ご家族へのご紹介は春休みですか」
 「んー。その前に玲奈が会わせろ会わせろ言ってきててさーハム会に早く会わせたいんだけどなー」
 「そうでしょうね」
 あわあわしている前君の頭を、落ち着かせる様に撫でる。
 「そんな訳で前君、これからもよろしく。何かあったらいつでも相談に乗るから」
 その時、バカ左近に比べるとまだ拙い校内放送が流れた。
 「―…卒業生、在校生共に正門前広場へお集り下さい。まもなく式典最後の行事を始めさせていただきます。繰り返しご連絡いたします」
 
 先に行くよと可愛い義弟?に告げ、柾様には一礼し、踵を返した。
 まだ動揺の消えない声を背中に、何故かおかしくて喉が鳴った。
 さあ、帰ろう。
 俺の居るべき場所へ。
 そして、柾様と前君が無事に帰って来るのを、気長に待っているとしよう。



 2014.10.26(sun)23:27筆


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