129.風紀委員長日誌ー最終報告ー


 本日、誠天晴な晴天也。
 地上はもう春の気配色濃く、時折冷ややかな風吹くなれど、暖かい。
 我が学び舎はどうであろうか、愉しみでもあり幾許かの寂寥感は拭い切れぬ。

 家の者には不思議がられた。
 当に退寮を済ませ、いくら距離があると言えど早出過ぎないかと。
 少し見回りたいのだと告げると、「誉様は職務に忠実ですからね」と苦笑された。
 そういう意味ではないのだが、まあ良い。
 車から降り、既に懐かしく感じる敷地内を見渡し、山の冷たい空気を吸い込んだ。
 下界に比べてまだ冬の様相だが、早咲きの桜が綻んでいる。
 式典終了後、再び戻って来るこの正門には、「十八学園第100回卒業記念式典」の看板が胸を張っていた。
 俺の事だと実感の湧かないまま、校内へ足を踏み入れる。

 嗚呼、懐かしいな。
 何処を歩いても、想い出が去来する。
 この倉庫前の廊下!
 武士道の下っ端の溜まり場で、喫煙を堂々と繰り広げようとするバカ共と何度小競りあった事か。
 その都度、仁と一成を呼び出しては大将副将を廊下で正座させたものだ。
 クンちゃんが来てからは彼奴等も大人しくなったものだが。
 武道場からは勇ましい掛け声が聞こえる。
 顔を出すかと想ったが、止めておくとしよう。
 世話になった礼と挨拶は念入りに済ませてある、今更彼等に気を遣わせる事もない。
 卒業式当日だと言うのに、1日も鍛錬を休まぬ心がけ、誠に恐れ入る。

 このカフェテラス!
 セルフサービスのスタンディングカウンターが、我々風紀委員の心の拠り所だった。
 勤務の合間を見て立ち寄り、我が学園自慢のコーヒーや紅茶で一服するひと時にどれだけ慰められたか…クンちゃんが来てから少し頻度は減ったが。
 この中央裏庭程、親衛隊制裁に使われた場所はなかろう。
 ここを張り、巡回を怠らなければ大抵の事件は阻止できたものだ。
 うむ、凌率いる第101期風紀委員会が早速動いている様だな、木々に潜ませた巡回チェック表を確認し頷く。
 監視カメラも更に増強された様ではないか、感心感心。
 
 食堂には言葉に尽くせぬ程、世話になったな。
 実家に戻って改めて想った、家の飯が不味い訳ではないが、どれだけ恵まれた食生活を送っていたものかと。
 毎日、傍らに在る時はその偉大さに気付かないものだな。
 栄養バランス、盛り付け、香り、温度、味、何よりも温かなもてなし、全てが毎日利用して飽きぬ程、素晴らしかった。
 クンちゃんの弁当の温もりには及ばないが。
 こうして散策していると、この学園の恵まれた環境、美しさに目を奪われる。
 何と贅沢な時間だった事か。

 小鳥のさえずりに耳を澄ませながら、雲間から差す新しい光に目を眇めた。
 輝かしい光に満ちた愛すべき学園の、最も美しいまだ5分咲きの桜並木を、こちらへ向かって来る2つの高低差ある影。
 昴と、クンちゃんだった。
 2人共視力良好なのだろう、俺に気付くなり早足でやって来たのは良いが、何故そんなにガッチリと手を繋いでいるのだ、解せぬ。
 「日和佐先輩…!もういらしてたんですね。おはようございます」
 「はよーございますー誉先輩」
 「柾先輩!何です、その軽いご挨拶は。ちゃんとして!」

 「お早う御座います、日和佐先輩。本日は御卒業御目出度う御座います。大恩多き先輩方の卒業を祝すが如く好天に恵まれ、無事送り出せる事に私は並々ならぬ、」
 「それは送辞のご挨拶でしょう。早いですよ!」
 「バレちったーれんしゅーじゃん、れんしゅー」
 何だ、この夫婦漫才は。
 「おはよう。仲が良い様で…何よりだな」
 「おかげさまでー」
 「なっ?!そっ、そんなんじゃないんですっ」
 「そうは言うが、その手…」
 「「え?」」

 俺の視線を追ったクンちゃんは、途端に発火するのではないかと言うぐらい赤くなった。
 慌てて離そうとするも、昴の握力から逃れられなかったらしい。
 「良い、そのままで。お前達が上手くいっているなら良かった。少しでも前途が暗ければ横からかっさらってやろうかと想っていたが」
 冗談めかして言った軽口を、察しの良い昴はちゃんと聴き取ったらしい。
 クンちゃんを抱き抱えんばかりに横に避け、俺の視線を妨げた。
 「まさき、せんぱい???」
 「誉先輩、それならそれでご自身の信念通り、正面から来て下さいね!俺ぁ逃げも隠れもしません」
 一瞬、真っ直ぐな瞳に宿った本気の光に圧された。

 正面からも横からも、どんな突破口も策謀も通じない。
 端からわかっている、分は弁えているさ。
 お前に勝てる画が1度も想い浮かんだ事がない。
 武道を多少でも嗜む者なら、お前が喧嘩道や方々で見せる粗暴な振る舞いの端々に、洗練された武の心得を見出す事が出来よう。
 俺がそれを理解出来ていなければ、家から破門されている。
 ましてクンちゃんのハートを掴んだのは唯1人、お前だ。
 「昴のそんな姿を見る日が来ようとはな。どうやら余計な懸念は必要ないようだ。俺は外からお前達の栄えある前途を見守っていよう」

 きょとんと俺と昴を見比べるクンちゃんの頭を撫でる。
 「前陽大、君の作ってくれた弁当や菓子は本当に美味く、素晴らしい味わいだった。言葉も尽くせぬが、有り難う。志叶った時は俺も招待してくれ。祝いに馳せ参じよう」
 「日和佐先輩…こちらこそ、ありがとうございます。いろいろとお世話になりました」
 今日も輝く君の笑顔が、もう見納めになるのだな。
 「最後だから懺悔するが…君は俺の生涯で最も愛でたクンちゃんに、それはよく似ていたよ」
 「「え?クンちゃん???誰???」」
 「ははは、誰とかそんな存在は超越している。俺は君にクンちゃんを重ねて、この悔悟を、罪を癒そうとしていた。つまり君の存在に心から感謝している。君の笑顔が曇らぬ様に、昴と幸せで在る様にいつも願っている」

 顔を見合わせて首を傾げていた2人だが、俺は気にならず満足していた。
 「「なんだかよくわからないけど、ありがとうございます」」
 揃って礼をする後輩2人に倣い、1礼を交わして、また後でと背中を向け合った。
 こうして我々は別の道を行く。
 桜並木から零れる、柔らかな日差しを浴びながら安堵していた。
 俺はこの想い出を胸に、果てしなき道を歩み続けよう。 
 心残りは一片も無い。
 我が学園生活に微塵の悔い無し。
 
 

 2014.10.26(sun)19.29筆


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