128.副会長のまっ黒お腹の中身(最終話)


 時が過ぎるのがこれ程早いと感じた事はなかった。
 激動の1週間が終わり、瞬く間に週が明けた。
 学園全体にたゆたう、1つの大きな祭りが終わった後の気怠い空気に身を委ねながら、いつも通り心太に叩き起こされ、朝を迎えた。
 果たして何が現実なのか。
 更に実感を得る為に、俺は行く。
 どーせ3年生を追い出す会の準備は万端で、進級、役員継続共に確定している。
 確信さえ得たなら、後は諸悪の根源とガキ共に任せ、俺は暫く休むとしよう。
 
 怠惰な願望を見透かす様に手厳しい心太から、急かされ小突かれグチグチ言われながら身支度を整え、部屋を出る。
 良い天気だ。
 渡り廊下に差し込む、春は近いと訴えかける様な輝かしい日差しに目を細める。
 そうこうする内に桜が咲くのか。
 時の流れが信じ難いな。
 桜が舞う中、うんざりしながら敷地内を横切り、裏門まで向かった日が想い返される。
 『待ってください、王…副会長さま。花びらが…』
 あれからもう1年経とうと言うのか。

 直にあの日と同じ様に、桜で覆われるだろう。
 今はまだ冬の装いの木々に視線を向けていると、本格的に心太にドヤされた。
 変装を解く様になってからコイツ、妙にイキイキしてやがるな。
 益々遠慮がなくなってきた、元気の固まりにはいはいと応じて歩を進める。
 あの変装はあれで面白かったが。
 そう言や当家と違って本気の従者を気取る白薔薇様も、変装を解いているな。
 余程、窮屈だったのだろう。
 本人達が渋々嫌々やっていたものだから、最後の最後までメイク技術が向上しなかったのは残念だ。
 
 「何ニヤニヤしてんだよ、莉人!マジで遅れてるっつの!!」
 「はいはい」
 おかしな胡散臭い変装を解き、うっすらと本性を見せ始めた親衛隊総隊長と副隊長の姿と、一連の経緯から、親衛隊も変貌を遂げようとしている。
 学園そのものが少しずつ変わろうとしている。
 更に風向きが変わった事を、俺はこの朝礼の始まりで知った。
 いつになく浮き足立った気配で集合した生徒達と職員一同を前に、十左近先輩から引き継いだ次世代放送部長が、若干緊張した面持ちで号令を掛けた時だった。
 「これより朝礼を行います。…え?会長、あの…」

 ざわめきが大きくなる。
 既に金曜の夜に撒かれた号外で、復帰と継続を知っていた全員の注目が壇上に集る。
 皆が油断している隙に、事前に行われた打ち合わせを全無視して、勝手に歩み出た昴に唖然となる。
 そして。
 何を言うでもなくゆったりと全体を見渡した後、おもむろに深々と頭を下げた。
 刻み込まれた記憶の姿と相違ない、清々しく深い一礼だった。
 全くお前はとんでもないな。
 自分勝手なバカで、狂った様に笑い上戸で、過剰な演技を苦もなく繰り広げたかと想うと、さっきまで笑ってた顔でブチギレたりする。

 いつも騒動の元はお前だった。
 それに呆れ返り、振り回されバタバタと過ぎて行く日々を疎ましく感じ、万能過ぎるお前を妬んだ事も少なくない。
 けれど、今は。
 過ぎ去った様々な出来事が想い浮かんで、自然と口角が上がる。
 改めて想う、走り続けるお前の背中を、3大勢力総出で追う日々を俺は慈しんでいた。
 後1年、忙しなくバカバカしくも愉快な時を続けられる事に、高揚するのだ。
 「え、あの、皆様?」
 動揺するアナウンスを後目に、気づけば昴の隣に立ち、頭を下げていた。
 追って来た悠と宗佑、満月と優月、そして前陽大もいつの間にか揃っていた。

 漣の様に広がった拍手は、やがて大きな波となり、俺達を覆った。
 気を取り直した先生方が動くまで、俺達は頭を下げ続け、温かい熱の隠った拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
 
 時間を大幅にロスして終わった朝礼後、舞台袖に引っ込んだ途端、裏方の生徒や先生方に注意されるどころか拍手で迎えられた。
 口々に労われ、労い返し、出待ちの親衛隊に囲まれてとちょっとした騒ぎになった中、視界の端に昴と前陽大が映った。
 目立たない隅に立ち、感激屋の前陽大はまた涙を浮かべているのか、昴が頭を撫でてなだめている。
 何事か囁きかけられ、前陽大の瞳は見る間に輝きを取り戻し笑顔を浮かべた、それに対して昴は誰にも向けた事のない笑顔を惜しみなく注ぎ、小柄な身体を抱き寄せた(直後に蹴られていたが)。
 2人を取り囲む、優しい空気に想わず息を吐く。

 「日景館様ぁ?お疲れ様ですね…」
 「いや…そうだね、ありがとう。流石にちょっと疲れたな」
 「やーん、お可哀想!心労がたたっておられるのですよぅ。ゆっくりお休み下さいねっ。僕達いつでもティータイムの準備は抜かりないですからぁ」
 「お母さんに特訓していただいたから、美味しい紅茶、お任せ下さいっ」
 ピーピーキャーキャー変わりないさえずりに混じる、人間味ある発言に自然と笑えた。
 「そうだな、それは期待できそうだね。是非いただこうかな」
 「「「はいっ」」」
 俺では君をそんな笑顔にさせる事はできなかった。
 講堂を通り抜ける一陣の風に背を押される様に、穏やかな心持ちで俺は彼らから背を向け、足を踏み出した。



 2014.10.26(sun)11:27筆


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