127.宮成朝広の一進一退(最終回)


 「陽大はモノじゃない」か。

 すっかりバカ騒ぎに転じた中、酔いと熱気醒ましに窓辺に近よった。
 ここ最近の冷え込みが嘘みてーだ。
 薄く開いた窓から入り込む風は心地良い冷たさで、火照りを冷ませてくれた。
 酒から切り替えた、レモンや柑橘の輪切りが入ったペリエのグラスを何となく揺らす。
 カラカラと氷が鳴る音に息を吐いた。
 完敗だ。
 完敗っつーか、最初から最後まで同じ土俵にすら上がってなかった。
 違う、勝ち負けの話じゃねー、そもそも柾は誰とも勝負していない。

 俺が仕掛けても動じない筈だ。
 考え方然り、物事の見方からしてまるで違う。
 俺は手に入れる事ばかり考えてきた。
 ヒトでもモノでも、何でもてめぇのモノにする事に躍起になってきた。
 手にした端から零れ落ちる、敢えなく壊れていく、その理由もわからず、わかろうともせずに突っ走ってさ。
 俺が焦ってる、その遥か彼方では悠々と歩き続ける柾の背中があった。
 全てを手にして余裕で、何を企んでも飄々と交わして、こっちは必死で走ってんのに歩いているアイツに追いつけなかった。

 妬みと腹立たしさで見えなかった。
 アイツの事を知ろうとも想わなかった。
 いつか超えて見せる、無闇にそればっかりで、結局超えられなかったのは柾が超人だからと決めつけて。
 大事にしているんだな、お前は。
 やっとわかった、単純で1番容易に見えて俺には難しい事実に、ため息しか出ない。
 柾は大事にしている。
 周りを、ヒトもモノも全て。
 対等に見て、上から見る事はしない。
 玉座に腰掛けている様に見えて、そうじゃない。

 いつだって同じ道の最前線に立っていた、俺の曇った目で勝手に勘違いしていただけだ。
 友達も仲間も、恋人も、恐らく家族も。
 学園に無数に存在する教職員やスタッフも、学園そのもの、備品の1つ1つまで。
 お前が親身に目にかけなかった事はない。
 蔑ろにした事はない、かと言っててめぇの所有物とし私物化した事もない。
 自由を尊重する。
 個々には個々の想いがあると認めているから、てめぇ自身も一見破天荒に振る舞う。
 けど、大事にしているからいざという時は必ず守る。

 てめぇの勢力図が目障りで、バスケ部ごと潰そうと画策した事があった。
 俺の手前勝手な理由で、いきなり凌に別れを突き付けた。
 いずれも烈火の如く怒って前に出て来るなり、それぞれの矜持を護り抜いた。
 それはてめぇの体面を守りたいが為の行動だろうと俺は嘲笑した、そうじゃない、ただ彼等を守っただけだった。
 てめぇにどんな火の粉が降りかかろうと放置するクセに、人の事となると目の色が変わる。
 薄々気づいていながら、信じ難くて目を逸らしてきた。
 そんなヤツが此所に居るとか、そんな関係性を俺が誰かと築けるのか信じられなかった。
 
 「宮成先輩、大丈夫ですか?」
 「せんぱい、だいじょーぶですか?」
 前がほてほてと寄って来たかと想ったら、後ろにはもれなくデカいヤツもくっついて来た。
 心配そうに眉を顰める前には癒されるが、その真似してるてめぇのツラ構えにはやっぱ腹立つな。
 大丈夫だと言い置いて、こんな癒しの前の信頼を見事に勝ち得ている柾を、皮肉を込めて見上げる。
 「一時はどうなる事かと想ったが、後1年頼むぜ柾。つーか過ぎた事蒸し返す様だが、前を置いて辞めるって度胸には驚かされた」
 柾は前のマネ小芝居を取り止め、不敵に笑った。

 「宮成先輩が居るじゃないですか」
 「あ?俺はもう卒業だろーが」
 「そうですけど、所古先輩も十左近先輩も居れば、生徒会や風紀や武士道、陽大の友達も俺の友達も居る。俺が去るとなれば、卒業間近の先輩方だって何らかの手を打ってから卒業されるでしょう?先輩方が居なくなった後も、親衛隊や後輩は残るじゃないですか。陽大は周りに恵まれて愛されてる、俺は皆を信頼してる。例えどんな事態が起こっても、これだけの面子揃ってりゃ何の心配もない。憂いは一切ありませんでした」
 カラッと言い放ち、前の頭を撫でて笑ってる。

 俺は、お前にそこまで信頼されてるとか、想ってもみなかった。
 だが言われて然り、署名活動が上手く行かなかった場合は、後は頼むと親衛隊に言い聞かせて居たし、どうにか手を打って卒業するつもりで居た。
 所古達も同様だろう、俺達は後先省みず動かない。
 何とも不可思議な心持ちになる。
 お前にはやっぱり敵わない。
 初めて聞いた話なんだろう、目をまん丸にして驚いていた前も、飄々としている柾に笑いかけられるまま笑っている。
 仲睦まじい様子に、今更反対も何もない、これだけ想われている前が幸せにならないワケがねぇと想った。

 「宮成先輩は良いんですか」
 聞き返さなくても、何を差しているのかわかった。
 輪の中に戻った前が笑顔で話している、凌の横顔を見つめる。
 「想い残す事なんか目一杯ある。俺は後悔だらけの学園生活だったからな」
 冗談めかして言って、自嘲でも何でもなく笑えた。
 「俺には覚悟が足りない。あいつを守ってやれる度胸もない。だから今はこれで良いんだ」
 胸張って堂々と生きられるまで。
 想い返せば後悔だらけの日々、けど確かにあった幸せな瞬間、知らず信頼されていた事を抱えて、俺も歩き出そう。

 「宮成先輩、送辞をお楽しみに」
 「今から何フラグだよ、それ…」
 取り敢えずありがとうございますと合わせられたグラスは、門出を祝する合図の様に軽やかな音を奏でた。



 2014.10,25(sat)22:52筆


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