124.聴こえたよ


 十八さんの、いつになく厳しい眼差しに息を呑んで、お2人を見守った。
 理事長として前に立っている、大人の顔と同じように見えて違う。
 いつお見かけした時よりも切迫している、真剣な表情に圧倒された。
 対する柾先輩は、臆することなく十八さんの眼差しを受け止めていて。
 空気が動いた。
 「び」
 んん?
 「「びっ?」」
 先輩がふいに零した一言に、ハラハラしながら十八さんと同時に過敏に反応した。
 続きを待つまでもなく、すぐに先輩は素っ頓狂なお声を上げられた。


 「びっくりした!」


 なんですと?!
 びっくりってびっくりて、あのびっくり?!
 つまりはアレ、驚いたってことですか?
 オレンジ色に染め上げられた室内が、俄ににぎやかな明るい雰囲気を取り戻す。
 十八さんと俺だけが呆気に取られ、我が道を行く柾先輩を凝視していた。
 いきなりのことに上手くついていけない中、先輩は飄々と言葉を繋ぐ。
 「マジ驚いた!まさかこんな事になってるとか、全っ然想ってもみなかったし。予想外過ぎて一瞬固まっちった!ぶはっ!武士道のやつ、俺関係無えじゃん。陽大の事ばっか書いてある。らしいなーうっわ、先輩方のコワっ!激おこじゃん。えーマジで先生方のまであるーつか、食堂部て!食堂部無えっつの」

 嘆願書の数々を、パラパラと流し見ながら。
 光に照らされた先輩は、ちょっと驚く程、きれいに微笑っていた。
 心からほんとうの笑顔を浮かべて、言葉とは裏腹にそれは優しく、嘆願書を見やって。
 顔を上げるなり、十八さんを先ず見て、俺に視線を向け、また十八さんを穏やかに振り返られた。
 「ありがとうございます、十八理事長。謹んで受けさせて頂きます」
 ソファーから立ち上がり、深々と腰を折る姿に、十八さんは目を見張っておられる。
 「え、本当に…?本当に、昴君。本当に残ってくれるの?退学撤回だけじゃないよ、生徒会長職も続投して貰うよ?」
 「理事長がそう望んで下さるなら、喜んで。皆にここまでして頂いて、頑に拒む理由なんてありません」

 優しい笑顔で力強く頷く。
 その姿と言葉で漸く実感できたんだろう、十八さんは急にヘナヘナとその場に膝をついてしまった。
 「よ、良かったぁ〜!!」
 「「十八さん!?大丈夫ですか?」」
 慌てて先輩と駆け寄ると、床にへたりと座りこみ、十八さんは涙目になっておられた。
 「も、もう…どうなる事かと想って…!あの日、昴君と話したけど君の意思は断固としていたし、書類は正式だったし!1番頼りになりそうな旭君や富田君達はどんなに話しても、昴君の意思を尊重するって1点張りだったし!どうしようもないと想ってたら、生徒の子達は本気で署名活動始めて…今日なんか皆、ウルウルしたり悲壮感漂う決死の表情で、署名集りましたって持って来て、理事長が最後の頼みだって…どうしようかと想ったー!僕に昴君、引き止められる訳ないしー!」

 「ごめんね、十八さん。心配かけたのに、動いてくれてありがとう。だけど旭達を責めないでね。あいつらは俺の事を想ってくれただけだから。もし俺に残る意思があったら、その方向で動いてくれただろうし、すげー信頼してくれてるだけで。勿論、どっちが良い悪いじゃない。俺は皆がそれぞれ考えて動いてくれた事が、ただ嬉しいよ。ありがとう」
 「昴君〜…もうもう、2度とやらないからね!昴君の真似なんか、僕には無理だから!お願いだから無事に卒業して!」
 「え?十八さん、俺のマネしてたの。あーそんでちょっと俺様風だったんだ」
 「そうだよー!そうでもしないととても無理!」
 同じ目線で遠慮なく言い合いするお2人が、眩しくて、ほんとうによかったなぁって、しみじみと想っていた。

 「ちょっと待ってね、十八さん。はる、だいじょーぶ?」
 顔を覗きこまれて、気づいた。
 涙が止まらない。
 ぼたぼたと大粒の涙が、次々と零れ落ちてくる。
 「せんぱい…」
 情けない声だけど、十八さんの前でみっともないけれど、声を振り絞った。
 これだけは聞いておきたかった。
 確証を得たかった。
 「ん?なに」
 「ずっと…卒業まで、らいねん、までずっと…どこにも、行かな、ですか…っ」
 
 頭を抱き寄せられて、あったかい匂いに包まれた。
 「うん。どこにも行かない。ここに居る」
 「よかっ、た…よかったぁ…」
 どうにか笑って先輩を見上げたけれど、後はもうどうしようもなくて、肩を借りて縋るように泣いた。
 大きな手が背中をゆっくりと撫でてくれることに安心して、ますます泣けた。
 「ありがとう、陽大。1番辛い想いさせたな…ごめん。渦中に立たせて辛いのわかってんのに側に置いてごめんな。それでも側に居てくれてありがとう」
 囁くようにちいさな声が、耳元を優しく掠める。
 かぶりを振り、あとからあとから溢れてくる涙が止まらないものかと、ぎゅっと目を瞑った。

 ひとしきり泣いて、どうにか落ち着いた頃、十八さんがおもむろに咳払いなさった。
 「これにて一件落着…は良いんだけど、良いんだけど、昴君…?いつまでぼ、僕の大事なひとり息子のはる君とくっついてるつもり?!そ、そりゃあ昴君は高校2年生とは想えないしっかり者で男前で、友人として尊敬に値する男だけど!それとこれとは話が別って言うか!大体、親の前でその子供とイ、イチャつくとか…!此所は理事長室って言うか、大体、来た時も手なんか繋いでるし…と、とにかく!離れなさーい!!」
 あわわ!
 わわー、俺ったらうっかりすっかり、大事なことを忘れておりました。
 泣き腫らした目が恥ずかしいとか、そんな場合じゃなかったです。

 仲を裂かれそうになった、けれど先輩は飄々と交わして、俺の肩を抱き寄せたまま退いた。
 「ごめんネ、十八さん…話したかったんだけど、バタバタしてたから話せなかったの…」
 「んなっ!?そんな、そんな子犬の様に愛らしくションボリした可愛い顔してもダメなものはダメなんだからねっ!長年の付き合いなんだから、わかってるよ昴君!君の十八番演技だって!」
 「ちぃっ、流石にもう通用しねえか」
 「急に悪どい顔っ!それでも男前は男前!」
 「まあ、取り敢えず一件落着と言う事で、今後共学園でもプライベートでもよろしくお願い致します。プライベートでは特に末永くよろしくお願い致します、お義父様…っつーのはまだ早いか」
 
 小首を傾げた悪者顔の先輩は、ま、いっかとにっこり笑った。
 「あ、十八さん。春休みに改めてご挨拶に伺うから、空いてる日教えてね。もーうちの家族が陽大に会わせろって大変でさーなるべく早く伺わせて下さい!じゃ、陽大、泣き過ぎたから水分補給しないとだし…取り敢えず諸々また後日と言う事で、本日はお時間取って頂きありがとうございました。失礼致します」
 「ちょ…昴君〜!あぁ、でも本当にタイムアウトだー…職員会議の時間だしー!もう、絶対きっちり話して貰うからねっ。って言うか、ベタベタくっつかないの!!き、君達、ちゃんとそれぞれの部屋へ帰りなさいよ?!寮の行き来と宿泊は原則として、」
 「はーい!行こ、はる」
 
 これでいいのだろうか。
 あまりな切り上げ方に引き攣りながらも、俺は精一杯頭を下げ、先輩に手を引かれるまま、小走りに理事長棟を後にしたのでありました。



 2014.10.19(sun)23:29筆


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