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 きょとりと目を見張る、先輩と俺に淡く微笑んで、十八さんが立ち上がる。
 デスクの上に積み上がっていた書類の束をひと抱え、応接セットのテーブルの上にどさりと置かれた。
 「ご覧の通り、これはほんの一部だ。2人共、見て。今週ずっと、今日ギリギリまで彼らは君達に隠れて頑張っていたんだよ」
 柾先輩と目を見合わせ、首を傾げながら、先輩が一束を取った。
 先輩の手元を覗きこんで、俺は、心臓が止まりそうに驚いた。
 そこには「柾昴生徒会長の退任及び退学取り止め嘆願書」と銘打たれ、生徒さんの署名がされてあって、その署名は間違いなく心春さんのもので。

 余白部分には、メッセージが書かれていた。
 「柾様の親衛隊として、柾様のご意思を尊重するべきだってわかっています。とても潔い身の処し方に尊敬もしています。こんなの迷惑でしょう、僕らは笑ってお見送りするべきでしょう。それでもどうしても受け入れられず、僕の一存で行動しました。
 辞めないで下さい。お願いします。柾様のいらっしゃらない学園生活なんて、卒業をお見送りできないなんて、そんなの考えられません。勝手な事を言ってごめんなさい。勝手な事ばかりしてごめんなさい。どうか今1度考え直していただけませんか。お願いします。1ーA 合原心春」
 いつの間にこんな活動をしていらっしゃったのだろう。

 俺は何も知らなかった。
 まったく気づかなかった。
 先輩が静かにめくった次の1枚には、今度は穂さんの署名がしてあった。
 やっぱり余白にメッセージが書かれてある。
 「昴、辞めんなよ。辞めんな。皆いつかわかってくれるって!時間が解決するよ!昴が辞めたって、良い事何にもないじゃん。どいつもこいつも皆、元気ない。ちゃんと話し合ったらわかり合えるよ!そういう関係だったんだろ。友達だけじゃなくて、こいつらだって皆、昴の大事な仲間だろ。置いてくなよ。十八学園の会長は昴しかいない。オレは途中から来たけど、それぐらいわかる。だから辞めないで。1−A 九穂」
 
 次々とめくっていく、そこには学年を問わない生徒さんや、生徒さんだけじゃない、先生方や各職員の方々、各施設のスタッフさん…いろいろな方々の名前が綴られていた。
 生徒さんの署名には殆ど、メッセージが添えられていた。
 「辞めないで」
 「そんな事望んでない」
 「途中で放り投げるのか。無責任だ」
 「僕達を見捨てないで」
 「ショックです」
 「哀しかった」
 「今までありがとう」
 たくさんの想いが胸に迫る。
 
 目が内側から熱くなって、涙腺の弱い俺にはとても耐えられない。
 ほろほろと勝手に頬を熱が伝う。
 いつかお手伝いした、アンケートの時とは違う。
 真摯で、隠しようのない本音ばかりだ。
 こんなにも柾先輩は望まれていらっしゃる。
 こんなにも、たくさん。
 「これは…?」
 先輩がふと手に取った、それは生徒会の皆さんの名前が綴られた、色鮮やかなポスター?
 十八さんは俺にハンカチを差し出してくださりながら、息を吐いた。

 「実は今週ずっと、ちょっとしたお祭り状態でね…学園を上げての署名活動だったんだよ。競う必要はどこにもないけれど、そこは流石に3大勢力と言うか…反目ではないけど、各派に別れてそれぞれで活動してね。個性を打ち出して、こういったポスターを作ったり、演説を繰り広げたり、どこがより多く署名を獲得できるか、有効な票を手に入れられるかと躍起になっていた。つい今朝まで続いていたんだよ。はる君にはわからないように、場所や時間を選んでね」
 いつの間にそんなことに…!
 心春さんったら、いいえ、皆さんったら。
 それも一丸となるのではなく、各チームに別れてだなんて。
 なんて、なんて皆さんらしいんだろう。

 十八さんが軽く息を吐いた。
 「この署名は、昴君へのメッセージでもあり、君の人望の証だ。後で全部進呈するから、ゆっくり見て欲しい。あと、噂で聞きつけた様だ、療養中の一舎君からも手紙が届いているよ。要約すると『辞めないで欲しい』と。自分こそ辞めるべきであるのに、会長がそんな理由で辞める必要はないだろうと、切々と訴えていた。それも後で渡すね」
 コツコツと静かな空間に足音を立てて、再び十八さんがデスクへ向かい、その前に立ってこちらを振り返られた。
 「僕はすごく驚いたよ。9割だ」
 嘆願書の山に優しく触れる。

 「わかる?学園の9割の生徒と職員が、昴君の在籍を心から望んでいる。そしてこの活動は生徒の自発的な行動で、我々教職陣は止めなさいと注意する事もできなかった…この子達があまりに必死で真剣だったからね。残り1割は昴君の友達と側近と、一部職員が不参加表明した。その心根にも驚いた。昴君の意思を尊重する、確かな絆の存在を感じたから」
 十八さんがまっすぐ、柾先輩を見つめる。
 「僕は参加しなかった。理事長として公平である為、この1週間を見守り続けた。個人的な想いはいくらでもあるけれど、生徒達に託されたからには全うする」
 室内に夕陽が差しこむ。
 先輩の横顔を、十八さんの全身を、オレンジ色の光が照らす。

 「柾昴君、君は我が十八学園にとって必要な生徒の1人だ。生徒や職員の意思を慮り、理事長の権限を懸けて君の卒業までの在学を命ずる」

 凛とした声が響き渡った。
 


 2014.10.18(sat)23:52筆


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