120.所古辰の淫らでゴメンネ(最終話)
これが最後さァ。
筆じゃねェけど、キーボードを走る指が流石に重かった、柾の退任宣言当日よりも。
ペンは剣より強いってね。
歴代報道部のふざけた諸先輩方に、口うるさく言われ続けた、それを最後の最後で改めて実感する。
言葉1つ1つに責任があるってなァ、重いねェ。
ともすればこの匿名記事で誰かの人生変わるかも知れんのだ。
記事の該当人物にしろ、読み手にしろ、小さな綻びはやがて大きな穴と成り兼ねん、恐ろしいねェ。
『良いか所古、面白可笑しく自由に書きゃ良い。退屈してる生徒共が想わず退屈を忘れ、ゴシップに気を取られて余計な知恵を回す余裕も失せる程、派手な娯楽を提供するのが我々新聞報道部の役割だ。嘘も方便ってな。盛って盛って盛りまくれ!
だが、「ちゃんと見て」書くんだ。新聞報道部の3流記事で誰かの人生ぶっ壊すワケにはいかねぇんだよ。記事の対象をちゃんと考えろ。3大勢力の奴らとていろいろ居る。本人は良くても背景の家が許さねぇ事だって少なくない。
そして、人を傷つける為の新聞であってはならない。こればっかりは書き続けて身に着けるしかねぇが…気を付けろ。誰かを傷つける文章は必ず自分にも返って来る。自分の言葉が自分を傷つける剣にも成り得ると、肝に銘じてろ。
そう、娯楽ってのは恐ろしく厄介な代物なんだぜ。人は怒らせる方が容易く、笑わせるのはとてつもなく難しい。笑いにもいろいろある、中でもギリギリを行く他人のゴシップ記事という難事を、我々は提供し続けねばならん』
聞いた時は、ふーんそんなもんかねェと上の空だった。
説教くせェな年寄りは、なんて呑気だったなァ。
書く程にそれは重く重く、俺らの肩にのしかかっていった。
漸く肩の荷降ろす筈が何の因果か、こんな卒業間近まで書き続けねばならんとは。
今週、毎日発行し続けた、貼り出したばかりの号外記事を見上げる。
それでも尚、柾への償い足るのかと問われたら、否やとしか言えないとは情けねェわな。
着ぐるみ内で息を吐き、踵を返して歩き始めると、道行く生徒達があからさまに避ける。
「おい!新聞報道部だ…」
「きゃ!怖ーい…」
「最後の最後まで号外発行って、どういう神経なんだろう」
「それもさー急に会長擁護とか、一貫性なさ過ぎるよねー」
「所詮、学園のお遊びサークルでしょ」
「柾様は堂々とご挨拶なさったのに、相変わらず正体不明なんて…」
「今まで散々、柾ディスってきたくせによー」
ざわめく生徒達の嫌悪感は当然の事だ。
新聞報道部始まって以来の、格好のゴシップネタ。
しかも途中で本人公認となり、ある事ない事(大半が信憑性のない内容だったなァ)どんな記事をでっちあげようと、ケロっと受け流して全く気にしない。
寧ろ利用された事さえ多かった。
相当な家柄で謎多き血統であるのに、家を盾にされた事もなければ、家側から苦情が入った事もない。
スケープゴートに等しい存在だった。
歴代生徒会長でも有り得無い、稀有な存在故に、柾のネタでどれだけ誌面を埋め尽くして部数を稼いだ事か。
今更、罪滅ぼしの概念はないが。
俺に過去を振り返る趣味はないんでねェ。
いちいち気にしてられん。
可愛いチビちゃんが惚れた男は、実際に大舞台で男気を見せやがった。
その周りの連中も皆、潔く清々しい。
僅かにも応えられねェ、最後までそっぼ向いたままなんてのは、俺の道理が許さんわなァ。
俺らがお役御免でのこのこと卒業するってェのに、後輩のお前が苦労背負い込んで道半ばで去るなんて、せめて最後ぐらいどうにかしてやりてェじゃないか。
『ただ、待つ。
その時を。
君の笑顔を、今1度。
ありがとう。
届けたい言葉は、ひとつだけ』
各チームの署名提出は終わり、大半のポスターはこの昼休みにて撤去されていった。
残るは我々が今日最後に刷り出した、十八学園の空を背景に大きく打ち出した文字が並ぶ、シンプルなこの号外だけ。
どんな1日の終わりを迎えようとも、泣いても笑ってもこれが最後だ。
次に刷り上がる予定の号外は、いよいよ俺と十左近の手を離れ、後輩達の独壇場となる。
さァて、どんな記事が上がる事になるだろうねェ。
根城に戻って来ると、ペンギンの頭部を抱えた宮成がダウンしていた。
慣れている十左近はけろっとして、ボディーはウサギのまま、辺りを片づけ始めている。
「おーや、元生徒会長様たる御方が、昼休みに使い走った位でダウンですかィ?」
クマの頭部を脱ぎ、問い掛けると息も絶え絶えな返事が聞こえた。
「お、お前らな…そりゃ、手伝うっつったのは俺だが…」
「「『だが』、何だよ?」」
「つーか、知らなかったし…お前らが新聞部とか…つーか、熱い…いろいろやべぇ…」
「「はっはっはー卒業前に新聞報道部デビューおめでとう!」」
「もう誰も信じられねぇ…」
「「はっはっはースキャンダルレベル最低の宮成君ったら!」」
そうさなァ、いろいろ規格外でヤベェわな。
「いーじゃねェか、これも青春の1ページってねェ」
「そうそう。想い出んなって良かったな、宮成」
「全っ然嬉しくねぇ」
ぶすっと拗ねる横顔に笑えた。
相変わらずわかり易いなァ、こいつは。
何はともあれ、俺らの短い様で長かった1週間はこれで終わる。
心晴れやかな放課後となったならば、いや、そうでなくても、俺もちょっとは子猫ちゃんに男気見せにゃ立つ瀬ないねェ。
「寮の片付け手配、始めねェとなァ…」
こいつらにも、渦中の柾やチビちゃんにも、可愛いあの子にも、誰の上にも桜が咲くと良いさなァ。
2014.10.15(wed)23:48筆[ 737/761 ][*prev] [next#]
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