119.凌のココロの処方箋(最終話)
できる限りの手段は尽くした。
後はもう、待つだけだ。
「…以上が、風紀委員会並びに関係各位の署名書と一覧です」
今朝ギリギリまでずっと校内を回り、委員一丸となって纏め上げた書類を、日和佐委員長が恭しく提出する。
固唾を呑んで見守った。
無事に受け渡され、ホッとすると共に新たな焦燥感も生まれる。
こんな事をしたって無駄かも知れない、何1つ届かないかも知れない。
もっと良い方法があったかも知れない。
幾らでも不安要素は出てくる。
けれど、これで終わりだ。
後は待つだけだと、先程から何度も唱え続けた言葉を想い浮かべる。
「「何卒よろしくお願い致します」」
委員長と呼吸を合わせて、深々と一礼する。
昴の様には上手くいかない。
3大勢力だ、風紀委員だともてはやされた所で、俺は覚悟の一礼さえ満足にできない。
古武道を継承しておられる先輩が、卒業前で良かった。
前に立って下さる姿が、今日程心強い事はない。
最後まで格好が着かない所だった。
俺はまだまだ未熟だな。
無事に春休みを迎えた折には、改めて古式ゆかしい礼儀作法を習いに行こうか。
「確かに承りました。適切な言葉ではないかも知れないが…2人共、いや風紀委員各位含めてご苦労様。今は何の返事も出来ないけれど、君達の想いは必ずや彼に伝えてみせるよ」
隠し様のない疲労が滲んだ顔で、淡い微笑を浮かべて、理事長は席を立った。
集めた書類を丁重にデスクへ置き、一礼する理事長の姿に、慌ててもう1度礼をした。
「「失礼致しました」」
そっと扉を閉めて、まだ薄暗く静まり返った廊下を歩く。
「…理事長もご苦労が絶えない様だな…」
独り言の様に呟く委員長に、静かに同意する。
「いつも昴と何を話していたか、定かではありませんが…理事長にも想う所がお有りなのでしょうね」
教職員や施設職員まで巻き込んだ祭り中、旭一派と昴の側近同様、理事長も不参加を表明しておられた。
きっと複雑な立ち位置なのだろう。
陽大君のお義父さんになる立場と、長年を過ごして来た同志のような昴との関係と、学園全ての総責任者として、その胸中は計り知れない。
「とにもかくにも終わったな、凌」
「ええ…いよいよですね」
理事長棟の扉を開けると、眩しい朝日が目に飛び込んで来た。
朝1番に署名を提出した、我々風紀委員の祭りは幕を閉じた。
日和佐先輩はこれで良かったのだろうかと、密かな気がかりが頭をもたげる。
口を開こうとした時、道の向こうから見知った顔がやって来るのを見つけた。
3人揃って眠た気な表情をしている、所古先輩と十左近先輩と、宮成先輩だ。
「「「おう」」」
「「お揃いで」」
短い挨拶を交わし、彼等が手にしている書類の束を視認して、そのまま行き違おうとした。
「「「先に行く」」」
「「は?」」
何故か、日和佐先輩は彼等の来た道を行き、所古先輩と十左近先輩は我々の来た道を辿って行ってしまった。
後に残された者同士、ぽかんと顔を見合わせて。
「酷い顔をしてますよ、宮成先輩」
「渡久山もな」
苦笑を浮かべ合うしかなかった。
「宮成先輩は昴と反目してましたよね…?それはさておき、元とは言え、生徒会組だと想っていましたが?」
「からかうなよ。あっちはもう次世代に任せてる。3年組に入んのが妥当だろ?」
「確かに。けれど卒業間近の3年組には負けませんよ?この祭り、風紀の圧勝ですから」
「ははっ、言ってくれんなぁ?老兵ナメんなよ。こっちのバックには難攻不落の真賀部先生が付いてるからなぁ」
暫く見なかった顔を突き合わせて、睨み合った。
すぐに笑うしかなかったけれど。
「俺は、祭りを制するのはどの組でも良いです。昴に少しでも伝わるなら…そして、陽大君が笑って過ごせる様になるなら」
「あぁ、だな。無駄かも知れねぇけど、ちょっとでも伝わりゃ良いさ。前はどうしてんだ。この騒ぎ知ってんのか」
「合原君と九君中心に、A組が上手く手回ししてくれている様です。前君の通り道では祭りに関わる活動は禁止されていたでしょう」
「あーそれでか、規制あったの。夢中で細けぇ事気にしてらんなかった。知らねぇなら知らないが良いな、そりゃ」
欠伸をする、目の下の隈が目立つ顔を見つめた。
随分、穏やかな表情をする様になった。
あなたがこんなに我が身を酷使して、学園を走り回る事なんて、今までなかったのにね。
朝日に照らされて、落ち着いた色になったオレンジの髪が光る。
綺麗だなと、素直に想った。
この短い祭りの期間だけじゃない、これまで過ごして来た時間の全てが、何ひとつ無駄ではなく無意味でなかった、と。
降り注ぐ光と、一陣の透き通った風が吹いて、報われた様な気がした。
もう大丈夫だ。
今日、どんな結果になろうとも、俺は昴を仲間として尊敬し、陽大君を兄弟の様な友達として見守っていこう。
あなたを、宮成先輩を好きだった事も、何ひとつ後悔はない。
一緒に居た時間は全部、こんなに光り輝いていた。
あなたを笑顔で見送ろう。
去って行く全ての人々を敬って見送り、後1年、俺は残った仲間と共にこの学園を守り、後輩達に引き継いで行こう。
すとんと腑に落ちた、自分の使命に腹が決まると、疲れも何処へやら自然と笑顔になるのがわかった。
「お疲れ様でした、宮成先輩」
「お、おう。渡久山もお疲れ」
目を細めて、眩しいものを見る顔になっていたのを改めて、暴虐なライオンと称されたその人はにっと笑った。
「「お互い武運を!」」
さっと踵を返して、それぞれの道を歩く。
新しい朝が始まる中、互いに振り返りもしなかった。
目尻を一瞬、熱いものが伝ったけれど、欠伸の所為にして空を見上げ、俺は歩き続けた。
2014.10.13(mon)23:50筆[ 736/761 ][*prev] [next#]
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