118.銀いろ狼ちゃんの計算(最終回)


 いつぞやに揃えたツナギはすっかりペンキまみれの絵の具まみれ、どの顔にも腕にも髪にもカラフルな色が付いている。
 コレを着て同じよーに奮闘してたのは、去年の春だったとか、大昔過ぎてわかんねーわ。
 あの頃は平和だったねー。
 なんて過去を憂うヒマもない。
 あの頃と同じなのは、この奇妙な充実感からくるハイな連中、それだけ。
 「「「「「ぅ終わったぁあああっ」」」」」
 オール続きでギラついた咆哮が、「十八ホーム」を震わせる。

 まだ冬だっつーのに、窓全開の寒風吹き荒れる真夜中、やっと最終仕上げが終わった。
 腕を伸ばして欠伸してるヤツ、何でか小競り合いになってるバカ共、そのまま倒れる様に床に転がって寝始めるヤツ、せっせと片付け始めるヤツ、差し入れ買いにパシるヤツら、いつもの武士道の中に、たった1人だけ欠けている。
 『はいはい、お疲れさま!皆、よく頑張ったねえ…俺はとってもとっても誇らしいですよ!さあ、あったかいお茶と焼きおにぎりを召し上がれ。卵焼きとお野菜入りはるとボールもあるから仲良くわけっこね。後でドーナッツも揚げましょうねえ』

 俺らの太陽が居ない。
 勿論、こんな真夜中だから起きてるワケないけど。
 一大事の祭りの後は、必ずはるるが居てくれて、労ったり叱ったり、優しく世話を焼いてくれた。
 十八山の根深い雪すら融かしそうな、あったかい笑顔のはるるを守る為なら俺らは、俺は、何だって頑張れるよ。
 例えこの手に入らなくても。
 実質、人間として男として誰の追随も許さない昴なら、認めるしかないし。

 換気の為に開け放した窓枠に腰掛け、連中の騒ぎを背中にしながら、差し入れられたビールを開けた。
 月が綺麗だ。
 十八山の唯一の美点かもね。
 自然に溢れ返ってて、夜が綺麗っての。
 下界の夜は薄汚い。
 それでも逢いたい人が居る街は、嫌いじゃないけど。
 武士道特製のはるるスマイルバッヂを眺めてたら、どかっと隣に物音が響いた。

 「終わったな〜一成」
 「何とかね〜」
 コイツ、この間に何本開けたんだか。
 オール続きの所為もあって、仁の顔は赤かった。
 ビール片手に、俺とは反対に窓枠を背にして凭れながら、息を吐いている。
 「いよいよ明日か〜っつか、もう今日か…」
 「決戦は金曜日ってね〜」
 今日、はるるが泣くか笑うかが決まる。
 いや、あの子は強いから、もうとっくに腹括ってるんだろうな。 

 カレシ同様に男前だからね、はるるは。
 だけど俺らだって足掻くぐらいできるからね〜。
 心春ちんに負けてらんないし、はるるをお母さんと慕ってきた実績はクソ秀平達にも負けないから。
 「ま、よくやったよな、俺ら」
 「ベストは尽くしたんじゃないでしょ〜か、そーちょー」
 ふと仁が苦笑した。
 妙に大人びて見える横顔が、ビールを呷る。
 「てめぇは納得してんのかよ。今日の結果がどうあれ、はるとが昴のモノんなったのは変わらねーしよ」

 あー、この数日、何か聞きたいけど我慢してるってツラしてたの、コレだったワケね。
 遠慮してんなよ、キモチ悪ぃ。
 「あんな男気見せられたらね〜他のヤツもそーでしょ〜納得も何も、そもそも勝ち負けレベルの話じゃないし〜。昴が真剣っつー事は〜はるるに対して一生もんの覚悟っつー事だし〜俺にはそんな甲斐性も覚悟もないし〜」
 はるるを手に入れられるなら、俺だってと。
 後追いで浮かんだ浅はかな考えを持ってる段階で、同じ土俵にすら立ってない。
 生徒会長退任、自主退学なんてーのは、親や一族を芯から納得させないと成り立たない。

 それが実現してるっつーだけで、驚愕だったよ俺は。
 ふーんとか素っ気なく流して、更にビールを呷った仁を気にせず、片膝を抱えた。
 決して晴れ晴れとはしないけど。
 はるるが安心してにこにこしていられて、俺らともツルんでくれる環境になったら良い、それぐらい望んでもいーよね?
 「ちょ…何すんの〜仁」
 「いやいや。お前は偉い偉い!見上げた男だぜ!流石は俺が見込んだだけある、武士道が誇る副長だ」
 いきなり仁に頭をわしゃわしゃされて、若干キレかける。

 「あぁ?ナニ言ってくれちゃってんの〜?俺を見込んだのはヒロさんだっつの。チョーシ乗んなっ」
 「うんうん。よしよし」
 何だっつーの、いきなり兄貴ぶりやがって。
 腕を振りほどこうとしても、俺の身体は睡眠を欲しているばかりで使い物にならず、うんざりとそのままで居るしかなかった、そこへ更にややこしいヤツが絡んで来た。
 「仁さん。それ以上一成さんに触れるのは止めて下さい。俺は本気です」
 「ヨシコ?どーしたの、お前」
 ポカンとしてる仁の腕を頼んでもいないのに振りほどきつつ、俺らのカラになった缶と新しいビールを交換しながら、吉河は真顔だった。

 「厳しい現実に納得され、受け入れている一成さんの事が、俺は好きです」
 「はぁ?!」
 「てめぇ…酔ってんのかよ…」
 「酔ってません。一成さんをどうこうしようとは想ってませんのでご安心を。俺は所詮は日陰の身、貴方が生きているだけで幸福なのです。想っている事だけをお許し頂ければ、今生を生きて行けます」
 「ぶっは…!ヨシコ、やっぱ酔ってんじゃねーか!!笑わすなよ〜」
 爆笑する仁の横で、やたら真剣な瞳を睨みつけ、勝手にしろと再び外を向いた。

 俺は所詮は日陰の身、貴方が生きているだけで幸福なのです。
 想っている事だけをお許し頂ければ、今生を生きて行けますって、演歌かよ。
 だけど、よく知っている感情だ、昔から。

 漆黒の空を彩っていた星が流れ、はるるの笑顔と、あの人の顔が脳裏を過った。
 


 2014.10.12(sun)23:42筆


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