116.孤独な一匹狼ちゃんの心の中(19)
学園内はまるでデカい祭り前の様に騒然としている。
クソ会長退学まで後数日、週末から週明けまでうんざりと漂っていた悲愴な空気は、もう何処にもない。
通夜みてーに暗かった、学園に合わせて天気まで真冬に戻ったのに、あれは何だったのか。
春は近いとばかりに晴天続きだ。
コイツらにとっちゃ過ごし易いだろうが。
いや、天気もそう関係ねーのか。
足元にじゃれつく、ハルナツアキフユを順に撫で、じゃーなと離れる。
腹が満たされて、てきとーに愛想も振りまいて、すっかり満足したらしいヤツらはすんなりとその場を離れ、枯れ木の中を我が物顔で去って行く。
週末に初めて知った、コイツらの根城は古びた物置小屋で、自由に出入りできる後付けの通り穴以外、雨風は十分に凌げる代物だった。
おまけに中には分厚いブランケットや、如何にも猫が喜びそうな玩具、ボタンを押せば乾燥フードが出てくるエサ入れまで完備してあり、コイツらが妙に毛艶良く元気な理由が一目でわかった。
誰も近寄らない自然保護区域で、ただでさえ見過ごしてしまう掘っ立て小屋は、ご丁寧にその辺の蔦でさり気なく隠されていた。
学園でこんなマネができるのは、1人しか居ない。
職員も生徒も無類の清潔好きが揃ってる中、森の外れの忘れ去られた小屋の鍵が開けられるのは理事長か生徒会長ぐらいだ。
あのキザな理事長が住み着いた野良猫の世話なんかできる筈がない、精々保健所に通報するぐらいが関の山だろう。
職務に忠実な職員や用務員が、内密に猫を飼う事態も有り得無い。
だとすれば1人しか居らず、『ハルナツアキフユ、頼むな』っつー捨てゼリフの意味も成り立つ。
白い息を吐きながら、枯れ枝を踏み締める。
何なんだ、あんた。
お忙しい生徒会長様が、猫の世話にかまけてんじゃねーよ。
どんだけ完全無欠な人間なんだ、それともお付きの者か何かに手配頼んでたっつーのか。
いや、何でもてめーで手ぇ出して目が届かないと気が済まねーあんただから、やっぱり自らの手で世話してたのか。
つーか、何で名前知ってんだか、どっかで見られてたって事か。
取り留めのない、スッキリしない感情のまま、校舎に戻って来る。
そこかしこの壁に張り巡らせている、曰く有志のポスターが嫌でも目につく。
『生徒会は7人のことを指す。
第100期生徒会は、誰1人欠ける事を望まない。
この7人で任期を全うし、101期へ繋げてみせる。
我々の熱い絆を今1度信じて欲しい…!
必ず、君の毎日を華やかに彩ってみせるから。
君の勇気が、
君の署名が、
学園の未来を変える。
柾昴、前陽大の続投に、君の清き1票を。
お問い合わせは生徒会までお気軽にねぇ〜!
代表:副会長 日景館莉人
天谷悠・無門宗佑・七々原優月・七々原満月
協賛:生徒会顧問 業田剛志/食堂部一同/関係親衛隊一同』
『辞めるなら
引き止めてみせよう
生徒会長(字余り)
求む、支援者。
署名は風紀委員会室、若しくは校内巡回中の風紀委員まで。
代表:風紀委員長 日和佐誉・副委員長 渡久山凌
協賛:風紀委員顧問 細田英才/柔道部、剣道部、美化委員会、用務員一同』
『お母さんの笑顔を守り隊!
(せいとかいも、ふうきも、どーでもいー!)
(かいちょーもどーでもいー!)
おれらは、おかあさんのえがおがだいすき。
そこんとこ夜露死苦!!
せーとかいとか、ふーきとか、ダッサいのがヤ!
っていう、そこのワカッテル君!
署名は武士道でオシャンティーに極めようゼ!
だいひょー:かがのいじん なるせかずなり
すぺしゃるさんくす!まかべせんせー、しんぶんほうどうぶ、けんかみち、ざ・しょくどうふぁん
らぶ!はるとお母さんat武士道』
3大勢力だけじゃねぇ、親衛隊だの体育祭のAチームだの何かの有志だの、号外新聞は毎日2人を支援する記事を出し、放課後になりゃ署名を訴える呼び込みが始まる。
どいつもこいつも競いやがって、意味がわからねー。
協力する腹はないらしい、どれだけてめぇらの署名の中に有意義な人物を取り入れるか、どれだけ他より数を集められるかに躍起になっている。
何の競技だ、何の祭りだ。
教職員までソワソワしやがって、これで良いのか、この学園。
色とりどりの派手なポスターを横目に、辟易しながら歩いていたら。
「あ!!見つけた、美山様っ」
「あーーー!!ミキっ!!探してたんだぞっ」
うるっせぇのに見つかり、逃げる間もなく捕まった。
クソっ、何なんだよ。
「美山様が最後の頼み…!ご署名お願いしますぅ〜」
「まさかミキ、親友のオレの頼みが聞けないワケないよなっ?!」
口々にまくしたてられ、うるせぇと怒鳴って振り払おうとした。
「「署名、お願いします…!!」」
振り払うまでもなく、勝手に拘束しやがった腕を解放されたかと想うと、次の瞬間には誠心誠意頭を下げるヤツらが目の前に居た。
マジで何なんだよ、コイツら。
真っ赤に火照ったツラで深く腰を折ったまま、手にはくしゃくしゃになった署名用紙を掲げて、やる気のない俺にまで必死で。
勢いに圧された。
何で他人の為にここまでできんだよ。
呆然として、手が勝手に動いた。
これはそう、圧されただけだ。
特別な意味なんてない。
「っち、っるっせぇっつんだよ。貸せっ。名前だけで良いんだろ」
「美山様…!!ありがとうございますっ」
「ミキ…!!やっぱりミキはチョー良いヤツだなっ!!ありがとうっ!!」
また頭下げて、コイツら、この数日ずっとこんな事繰り返してんのか。
血ぃ上ってどうかなんじゃねーの。
心底嬉しそうに俺の署名を胸に抱え、笑顔を交わすコイツらの存在に居たたまれず、そのまま立ち去ろうとした。
瞬間でまた回り込まれた。
「な?!んだよ、てめーら…退け!用は済んだだろ…」
「美山様ぁ、ご署名には本当に心から感謝しておりますぅ〜」
「だけどさ、ミキ?はるとの弁当食ってる仲間としてさ!もっと何かあるんじゃね?」
「あ?おい、お前ら…離せっ!」
「まだまだ集め切れてない署名があってぇ〜」
「全然手が足りないんだよなっ」
このチビガキ共のどこにこんな力があるんだ?!
俺は為す術もなく、引きずられて行った。
振りほどけなかったのはアレだ、穂の「弁当食ってる仲間として」っつー妙なフレーズの所為だ、きっとそれだ。
2014.10.08(wed)23:56筆[ 733/761 ][*prev] [next#]
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