112.風紀委員長日誌ー王者考察ー


 本日、荒天也。
 1日を通して灰色の空に覆われ、週末に降り積もった雪の名残り有。
 吹き荒ぶ風の冷ややかな泣き声は、王者が去る事の悲哀を物語っているのか。 

 怒濤の週明けとなった。
 学園内は僅かにも落ち着いていない。
 未だに信じ難いと、どうせ昴の質の悪い冗談だろう、演出だろうと高を括っていた者達、ひょっとしてという期待を抱いていた者達、いずれも朝礼で会長代理として立った莉人の姿を見るなり、事の重大さを認識した様だった。
 昴は本気だ。
 生徒会長辞任など、十八学園始まって以来の事だ。
 我々の常識から考えて、有り得無い。

 有り得無い事を飄々とやるのがあの男らしいとは言え、正直、俺自身が受け止め切れていなかった。
 世渡り上手で器用な奴だ、頭の回転も早い、方法は幾らでもあっただろう。
 何故、その道を選んだ。
 辞める事がクンちゃんを守る事へどう繋がると言うのだ。
 貴様の手腕があれば適当に誤摩化し、我々の目すら眩ませながら、あの子の側に居続ける事は可能だろうに。
 解せない。

 こうして集った面々も誰1人とて、納得した顔をして居ない。
 「取り敢えず〜一時停戦するしかないよね〜はるる云々の因縁は置いといて〜個々で活動しても埒が明かない。効率悪いっつーかね〜」
 一成の面倒そうな冷めた口調に、一様に無言で頷く。
 件の大会以来の集合だな。
 誰も彼も疲労の色が濃い。
 「先に確認させて欲しい。合原君、九君、陽大君は元気かな」
 凌の落ち着き払った斬り込みに、全員ではっと目が覚めた。

 「はい、渡久山様。はるとは元気です。あの子の事だから、いろいろ我慢しているかも知れませんけど…表向きは落ち着いています。柾様と、ちゃんと話をしたそうです」
 「はるとは偉いんだ!周りにヒソヒソされても堂々としてる!今日も笑ってた…大丈夫だから心配しないでって、オレとコハルに言ったんだ」
 気の所為ではないだろう、どこかしんみりとした空気と、昴への嫉妬と想われる強張ったピリッとした電気が共存している。
 ちゃんと話が出来たのか、クンちゃん。

 あの野獣と君は果たしてまともに話が出来るのだろうか。
 甘言を吐かれ、巧く言い含められてはいまいか、或いは彼奴が最も得意とする子犬の演技に騙されてはいまいか。
 俺は心の底から心配でならぬ、今から殴り込みに行きたい程に君の無事を危ぶんでいる。
 「まァ、チビちゃんは置いとくとしてなァ…一先ずチビちゃんの身の危険や脅威は柾ぐらいだろうし、それを言ってちゃ話は治まらねェ。柾の配下ががっちり守りに入ってる限り、あの子は無事だろうさァ」

 所古の発言で俄に殺気立つ空気を、十左近が巧く入れ換える。
 「問題は柾の辞任だ。冗談じゃねぇっつの。彼奴に全責任引っ被られて、こんな半端な3学期半ばに辞められるとか…お前等も思惑それぞれあるだろーけどよ、俺達の共通項はただ1つ、柾に辞められたら面目立たねぇっつー所だ。そして彼奴は今回ばかりは本気で、誰が何を言っても退かなかった。理事長の機転でどうにか1週間の猶予を得たものの、残り時間は少ない。個々の情は置いて、とっとと策を練ろうぜ」

 神妙な顔をしていた音成が、ふと手を挙げた。
 発言を願い出る行為に、皆の視線が集る。
 「この週末、先輩方も誰しもただ呆然としてたワケないスよね。此所に居る面子だけじゃなくて、学園中にも言えると想うんですよ。何とかなんねーのかって、考えるなり実際に動くなりした筈だ。柾会長の親衛隊や信奉者じゃなくても、それだけあの方の存在は重い。俺もあれこれ考えて、情けねー話、親とか親族にどうにかなんねーか持ち掛けたんスけど」
 その言葉の続きを誰もが察していたに違いない。

 「どうにもなんなかったんだろ、音成」
 朝広の声に、音成は頷く。
 「梨のつぶてってヤツでした。『柾には手が出せない』と」
 「俺もそうだ。耳に入って来た情報も全部そうだ。十八には有力な家柄がゴロゴロしてる、名家の出も多い。なのにまるで歯が立たなかったってな」
 「なんなのぉ〜それぇ〜…どういう事ぉ〜?」
 「…こーちゃん。どうして?」

 俺は息を吐いた。
 「『柾家に手を出すべからず』。俺の両親から幼等部の頃に言い含められた言葉だ。そもそも手の出し様がないと。今回の件は、子供側から親や親族に懇願し、そこまで我が子が必死になる事などなかったと、親側もかなり奮闘した様だが、柾家だけじゃない、何故か海堂からの風当たりも強いと言う。『子供が腹を括った事に、大人が口出しするなど言語道断』だと。当事者ではない外野が騒ぐものではないと、厳しく諌められたそうだ。逆に『まさか柾様に無礼な真似などしていないだろうな』と、親が青ざめる程に」

 此所に揃う、いや、十八学園中が束になった所で敵わない、巨大な歴史を脈々と負いながら一切が謎として存在する一族の影が見え隠れする。
 昴、お前は本当に何者なんだ。
 俺達はこうして静まり返り、手をこまねいているしかないのか。
 その時、生徒会の双子がぽんと手を打った。
 「待って待って!」
 「忘れてない?!」
 「「重要参考人の存在!!」」

 仁がわかった!と声を上げ、双子以外の全員で怪訝な目を向ける。
 「旭だ」
 何?!
 ざわっと空気が大きく揺れ動く。
 「「せいかーい!!武士丼の親玉、やぁるう〜!」」
 「はっはー!武士丼言うな。どこで覚えやがった、クソガキ共め。いや、今は見逃してやらぁ。旭颯人、ヤツしか居ねぇ。彼奴の無二の親友として肩を並べてる」
 「そうか…実に不本意だがこの際致し方ない。旭に要請するのだな」
 莉人の細い銀色のフレームが光る。

 「「「「「旭は何処に居る?」」」」」
 一斉に音成を振り返った、音成は何処か諦観した様子で息を吐いた。
 「いつも通り、バスケ部体育館ス。バスケ部2年だけは平常運転スよ」
 善は急げだ。
 妙に引っかかる音成の物言いだが、この際気にしていられない。
 全員揃って動くと目立って仕方がない事から、我々はそれぞれの道に別れてバスケ部体育館に集合する事となった。
 嗚呼、クンちゃん、とにかく君が心から笑える日々を俺は取り戻すべく、今、走っている。



 2014.9.29(mon)23:58筆


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