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 息をするのに精一杯で、くらくらする。
 でもその一瞬、びくっと身体が震えた。
 指とは比較にならない質量と、手で触れた時よりずっと熱く感じる、柾先輩の、が。
 想わず唇を離し、視線を下に落として後悔した。
 苦手なとろとろの液体に溶かされた、あられもない自分の格好と、凶暴な先輩の形に、血の気が引いていく想いになった。
 む、むむむ、無理かも。

 「はる…見ててもいーけど。俺を見て」
 1度決めた覚悟はどこへやら、非常に情けなく頼りない心持ちになった、耳元に熱い囁きが吹きこまれた。
 耳、苦手なのに。
 いちいちピクピクする身体が疎ましく、耳を押さえながら柾先輩を見上げる。
 無理かも、だけど。
 無理だろうけど、この優しい目で見つめてくれる人に、俺は応えたい。

 「…せんぱい…手、つないでください…」
 あまりに情けない呟きに、一瞬だけ先輩の目が険しくなったけれど、すぐに指と指が絡まった。
 あったかい、な。
 ぎゅっと握ってくれる手と、さっきよりゆっくりしたキスに安心する。
 安心している間に、キスよりゆっくりと、柾先輩が入ってきたのがわかった。
 怖い、熱い、何これ。
 指の時代は平和だったんだ、なんて考えが過る。

 言われるまでもなく肩にぎゅうぎゅうつかまりながら、さっきの反省はどこへやら、どうしても視線は下がってしまう。
 「んぅ…っ」
 先輩、先輩が俺の中、大変なことに。
 未知の一大事に心臓は震えっぱなしで、何がどうなっているのか、これからどうなるのか、わからないことが怖くて仕方がない。
 ふと、パニック中の俺の額に唇が触れた。
 ちゅって、そのまま、顔から耳、首へ、なだめるようなキスが降ってくる。

 「はる、へーき?今、半分ぐらい」
 心配そうなお顔に覗きこまれて、はっと我に返った。
 柾先輩の額には汗が滲んでいて、どこか苦しそうに眉をひそめている。
 俺だけじゃない、先輩だって苦しいんだ。
 そうわかった途端、変な気負いが薄れた。
 そっと手を伸ばし、先輩の頬に触れる。
 「へ、きです…せんぱい、こそ、苦し…?」
 「俺はいーから。俺より陽大だろ…って、急に力抜くなよ…」 

 先輩の汗ばんだ前髪を払って、途切れる言葉を繋いだ。
 「だいじょ、ぶです、から…好きなようにっ、ん…むぅ」
 最後まで言わせてもらえず、何故か、口の中に指を入れられた。
 「頼むから、煽んなって」
 荒い息を吐いた先輩に、何も堪えて欲しくないのに我慢させていることこそ平気じゃない。
 だけど、ゆっくりと侵入を進められる内、何を言う気力もなくなり、唇からは吐息ばかり零れた。
 
 一際強く、手が繋がったと想ったら。
 小刻みに振動していた先輩が、ぴたっと止まった。
 「陽大、わかる?全部入った」
 全部?
 全部、いっしょ?
 どんなにぎゅうぎゅう抱きしめられても、身体はひとつとひとつ、別々だ。
 けれど、今は違う。
 柾先輩と、ひとつ。
 
 見上げた瞳はギラギラの光を宿したまま、微笑って優しく俺の姿を映し、こめかみを伝った汗がひと滴、俺の首筋に落ちる。
 お腹の中に、不思議な温かさが灯っていく。
 「…うぅ〜…ふぇ〜………」
 急にぼろぼろと涙があふれてきて、止まらなくて、子供のように泣いてしまった。
 「陽大、大丈夫…くないヤツだよな、これ…辛い?止めよっか」
 ふるりと首を振って、その振動で余計にひとつになっていることがわかり、ますます泣けて仕方がなかった。

 涙を拭ってくれる先輩の手に触れる。
 「………しくて」
 「ん?」
 「……うれしくて…勝手に涙が…止まらないぃ〜です〜…うぅ〜…」
 目を丸くした後、この上なく甘くて優しい笑顔を向けられ、熱が上がった。
 「うん…俺も。ちょーう嬉しい。幸せ」
 柾先輩が、嬉しい?
 幸せ?

 どっと胸にこみあげてくる、身震いする程、温かい衝動にびっくりした。
 先輩がほんとうにそうなら、俺は、もっともっと、幸せになってしまう。
 深く抱き寄せられて、深くくちづけられながら、この人のことがどうしようもなく愛おしくて戸惑った。

 「あー…マジやっばい…陽大様、魔性過ぎる…」
 「んっ…せんぱい…?」
 「はる、なるべく堪えるけど、ごめん」
 あれ?
 ギラギラの光がより凄みを増し、お腹の中がさっきより熱いような気がする。
 「動くから。無理んなったら、ぶん殴ってくれる?」
 「えっ?あっ、やっ、せんぱっ…」
 片方の手では腰を支えられ、片方の手では俺のを包みこまれ。

 ぞくんっと嫌な予感がした次の瞬間、頭の中がまっしろになった。
 「んっ、んっ、んっ…やっ、あっぁっぁっ…んっ、せんぱ、ぃっ…」
 「…っ、はっ…やっべえ…!」
 ベッドがギシギシ、ミシミシ。
 嫌が応にも耳に入ってくる、絶え間なく続く荒い水音。
 上がる息の気配、ふたり分。
 腰の奥からわき上がってくる、気怠い熱が、どんどん広がっていって。
 この荒波に浚われないように、必死につかまっているのでやっとだった。



 2014.9.28(sun)19:22筆


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