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 いつもはそう揺らがない、体軸がしっかりしている身体が、ぐらっと傾いてベッドヘッドに寄りかかる。
 ぎゅうぎゅう抱きついたまま、しばらく静かな時間が流れる。
 あれ?
 もしかしなくても、ご迷惑だっただろうか。
 とんだお門違い、余計なお世話だっただろうか。
 こんなの、先輩が望んでいることじゃない?
 ひょっとして俺からどうこう言うなんて、おこがましい話だったのかな。

 この状態そのものがご迷惑になっていたりして?
 さーっと火照りから冷め、青くなる。
 明らかに間違えたんじゃないのか。
 お疲れさまで帰宅した先輩にとって、暴挙、暴言に当たるのでは。
 もう寝るって何度か言っておられたのに。
 背中に腕が回っていなかったら、電光石火でおふとんの中へ潜りこませていただくところだった。 
 この温かさがなかったら、止め処ない不安だけだった。

 恐る恐る、イチかバチか先輩のご様子を窺ってから、丁重にお詫びし睡眠のご提案をさせていただこうと顔を上げて。
 停止せざるを得なかった。
 固まっている先輩は、目元を赤く染め、どこか困惑したお顔ながら壮絶な色気を放っていらっしゃったから。
 俺も固まらざるを得ない。
 そして今になって気づいた。
 先輩の下肢が、さっき以上にお元気でいらっしゃることを。

 「…お願いしますて、居酒屋みてえに元気にオーダーされても…」
 熱い吐息混じりの困り顔に、自分がとんでもない地雷を踏んだと理解した。
 「………し、失言?でした…ご無理を言い、自分の未熟さにただ呆然といたす候」
 「何語りだよ…無理っつーか。無理っつーか、お前な…人が折角我慢して大人しくしてんのに何で起こすの。俺は陽大に無理させたくない」
 ギラギラと、強い光が瞬く瞳は、見たことがない表情なのに。
 困ったように俺を見つめる先輩は、やっぱり優しい。

 「無理、じゃないです…そうじゃないんです」
 「状況に焦ってるつー事?今すぐ会えなくなるわけじゃ無え」
 「そうじゃなくて…」
 そういうんじゃなくて、かぶりを振る。
 不安だけじゃない、信じたい、それを確かめたいだけじゃない。
 「先輩と、もっと近づきたい…と言いますか何やら…」
 やっぱりしどろもどろで、おろおろする俺を他所に、柾先輩はいきなりあーとか何とか呻くなり片手で目を覆った。

 「陽大に誘惑殺される…こっわ!マジこっわ…!何なの、お前…そのタラシ術、どこで覚えたんだよ…ワルい男だなー…恐ろしい子!」
 「な、なんですっ!俺は、真剣なだけで…」
 額が合わさって、赤くなったお顔の中、一際光るギラギラの眼差しに、先輩こそと想いながら逸らさない。
 「ちょっとでも嫌だったら言って。すぐ止めるから。あーもー…クソっ、陽大がうるっうるした目で見てくるーコワイヨー魔性の陽大様がイルヨー」
 「こっ、こっちの台詞ですっ!何です、さっきから!」

 先輩こそウルウルのくせに。
 むむうっと睨んでいたら、諦めたような苦笑を浮かべられた。
 お水を飲んで潤った、いつもとなんだか違う、熱い体温を感じる唇で、小鳥の触れ合いのようにキスされた。
 その合間に先輩の手に握られたボトルを見て、即座に首を振る。
 「あ、それ嫌です」
 「ん?嫌でも仕様がねえじゃん。陽大を傷つけたくない」
 「ヤダです。ぬるぬるする」

 言い募る俺に、中身を手に開けた先輩が首を傾げる。
 「じゃ、やっぱ止めとこっか」
 「…そうじゃなくて。だって、さっきもそれ、したのに…」
 「けど、も1回しとかないと、陽大が辛いと想うけど」
 ぐぬぬぬ。
 柑橘系のような、嫌いな匂いじゃないけれど用途が苦手なそれを、柾先輩はさっきよりもふんだんに手にまとわせていらっしゃる。

 いつの間にか反転していて、ベッドヘッドを背中に間にクッションを入れた、もたれかかる体勢で先輩を見上げた。
 男前度が増していらっしゃる。
 この男前度はどこまで進化すると言うか、果てはあるんでしょうか。
 「はる、力抜いてて」
 耳たぶを甘噛みされて、嫌が応にも力が抜ける。
 そのまま移動してこられた唇に、今度は深く、止め処なくくちづけられる。

 「っふ、んぅ……っぁ、ん…」
 あっと言う間にさっきと同じ、昂った状態が戻ってきた。
 鼓動が痛いくらい鳴って、いつもと違う状態に緊張を訴えてくる。
 熱い。
 ゆっくりと慎重に、1本、2本と確かめるように侵入してくる指の存在に、ぴくぴくと身体が反応する。
 なだめるように、優しいキスが顔中、身体中に触れる。
 「大丈夫そう?」

 心配そうな問いかけに、何度も頷いた。
 触れている先輩が、いちばんわかっているくせに。
 好きなようにしてくださっていいのに。
 けれど先輩は、丁重に触れてくださって、身体の芯からとろけそうになった。
 溶けてなくなりそうだ。
 息が上がった俺の背を、ゆっくり大きく撫でて、あられもない水音から守ってくださるようにくちづけられる。

 「陽大、俺に掴まってて」
 そうと気づかない内に、体内から指が消えていた。
 柾先輩の首へ腕を回させられた途端、身体が一瞬強張る。
 「ぎゅっとしてな」
 ギラギラの光が増した、潤んで艶のある瞳が、それでもいつもと同じように優しく見つめてくる。
 先輩の目こそ魔性なんですから。
 言われるままにつかまりながら、どこか甘いキスにまた意識がさらわれていく。



 2014.9.26(fri)8:23筆


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