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ふわあっとまっ白な浮遊感のあと。
何度か息を吐いて、身体も心の中まで火照っていないところなんてない、ぐったり力を失って先輩の肩に寄りかかった。
ぼんやりしながら、頭の上で荒い呼吸が整えられていく気配を、ただ感じていた。
「んっ、あ…」
抱きしめられたまま、俺が落ち着くまで背中を撫でてくれていると想ったら、油断大敵だ。
首筋に熱い唇が寄せられ、ぴりっとかすかな痛みが走る。
同時に、身体の中に馴染んでいた指が離れていって。
耳を覆いたくなる、ありったけの毛布とおふとんに包まれて、ベッドの奥の奥へ潜りこみたい気持ちにさせられる、水音が聞こえたことで、まだそのままだったんだなって。
初めの頃はとにかく恥ずかしくて、どうしようもなくて、ちょっぴり恐怖もあったのに。
いつの間にか、こういうことになったら、それが自然になっている。
それでも未だに恥ずかしくて、心臓がバクバクして倒れそうだ。
「あー…気持ち良かった!って痛っ!デコピン余力はあるんだな、はる…」
すっかりご機嫌さん最上級の状態で、必死のデコピンを喰らいながらもニヤっと笑う、余裕の先輩を見上げ、無言のまま、頑丈な肩の辺りにおでこを押しつけた。
柾先輩なんか、ぐりぐりの刑です。
「ぐりぐりすんなよーくすぐってえ」
俺がぐりぐりしたところで、この鍛え抜かれた心身は揺らぐものではないのが口惜しい。
水飲む?って、ごていねいに開けて渡してくださった、ペットボトル入り酸素水をいただきながら。
ご自分だって喉が渇いているでしょうに、先輩は絶対に俺を優先してくださる。
そう気がついてから、お付き合いすることになってからも、その前からも、ずっと何かしらいつも先を譲ってくださってきたこと、想い当たった。
優しい人だから。
自分は後でいいって、気にしなくていからって、いつも強く在る。
生徒会活動然り、衣食住然り、こういうこと、然り。
俺よりも随分大人びた、下界での遊び人伝説が話題の柾先輩が、こんな触れ合いだけでご満足なわけがない。
俺がぐったりした後、今だって。
再びぐりぐり体勢の静止状態になったまま、ちらっと下肢を見て、慌てて目を逸らした。
それなのに、ゆっくりでいいって俺の気持ちばかり優先する。
いろいろなことで、この優しい人にどれだけの我慢を強いているんだろうか。
ほんとうはいつも、それが気がかりだった。
だけど、日常は元より、すべてが初心者の俺にはあまりに刺激が強すぎて、わからないことだらけで何も言えなかった。
すぐお別れの日がくると想っていたし、お付き合いのひとときを持てただけで十分だからって言い聞かせて、言葉を呑みこんできたんだ。
柾先輩は、どれだけのことをお見通しだろうか。
知ってても知らなくても、そっと見守ってくれる。
本音をなかなか言えなかった俺を、先に信じてくれた。
ずっと一緒にいるつもりだって、退学しても会おうって、未来の約束までくださった。
俺と一緒にいてくださる道を、とうに覚悟して信じてくださっている。
そうと全部示されるまで、歩み寄れなかった俺のことを責めもせずに。
俺は、そのお気持ちに応えたい。
柾先輩を信じること。
まだまだ俺は弱い。
人として、男として、覚悟が足りない、悩むばっかりだ。
でも、この人のことを信じる。
何よりも、もう、柾先輩のことがほんとうに好きで。
それだけで、いいんだよね。
こんな俺だけれど。
ぎゅっと目を閉じ、拳を握りしめ、唇を噛み締める。
だめだめ、ガチガチになってちゃだめだ。
「はる?どした、固まって。おネム?もう寝よっか」
優しく覗きこんできたお顔を、きっと見上げた。
「柾先輩っ!」
「ん?なに」
男前顔を直視したままの勇気なんて、まだない。
やむを得ず、勢いよく抱きついて。
すっかり油断していた先輩が、若干身体を傾けたのも気にしていられず、しがみついたままどうにか口にした。
「あの…!俺、今日は…まだ寝ません!」
「んー?ま、いろいろあって疲れたよな。ハーブティーでもお入れしましょうか、陽大様」
「そうじゃないんです…そうじゃ、なくて…」
目が合う。
きれいな瞳の中に、尋常なく頬を上気させた俺が映っている。
「え、なに陽大。その顔、やべえ。寝るっつー時に煽んなよ…」
「今日は…最後、までお願いします!」
先輩がなにか言っていたのを気にしていられず、再び勢いよく抱きついた。
2014.9.25(thu)23:56筆[ 725/761 ][*prev] [next#]
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