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外からはごうごうと、風の音が聞こえてくる。
こうなる前に帰って来てくださってよかった。
マシュマロを浮かべた、贅沢仕様のほろ苦甘いココアのカップを、両手で包みこみながらほっとしていた。
雪混じりの強い風とこの寒気では、朝まで戻って来るのは難しかっただろうから。
お風呂に入って、お腹も満たして、柾先輩はやっと人心地ついたご様子だった。
甘いココアで更にあったまったら。
「もう、寝ましょうか」
夜も遅いことだしと、腰を上げかけた俺に、先輩は何故か両頬を染めている。
「まさか陽大にベッドインを誘われる夜がくるとはって、痛っ!その指先どーなってんの鉄でも仕込んでんの」
「知りませんっ!俺は、俺は、本気で心配しているだけなのに…」
ぷいっと背中を向けると、お腹にあったかくて筋肉質な腕が回った。
おっと、この温もり、危険なり!
「心配してくれてるんだ」
「当たり前ですっ!柾先輩が、勝手にひとりで全部グゥ…スヤ…」
「あれあれ、陽大おネム?つーか寝ちゃった?ちえー残念だけど、マジでもう寝るかー」
「…マロンさまがお1人…マロンさまがお2人…むにゃ…はっ!寝てませんけど?!俺はめちゃくちゃ起きてます!今夜はオールも辞さない覚悟ですから!さーて、お弁当を勉強して学校を食べなくちゃ!」
「待った待った。どこ行くんだよ、寝惚けて。わかったから此所に居て」
だから、ぎゅうぎゅうのままじゃ困るんです。
夜、柾先輩に抱きしめられたら瞬寝してしまうから。
猫ロボットまんがのの●たさんより早いですよ、自信がありますもの。
再びお腹に回った腕の中で、想いきってくるりと反転し、向かい合わせになるべく距離を空ける。
重なった視線は穏やかで、まったくお疲れさまの色を見せない先輩は、ほんとうにすごいなぁって想った。
でも、俺の前でぐらい素顔のまま、疲れたお顔を見せてくださったらいいのに。
「ん?なに。やっぱ話す?どうする」
「いつでもお話できますよね…先輩、明日すぐいなくなるとか、ないですよね…?」
「あーその辺から話せてないもんな。陽大へ対する俺の愛情の深さは後日改めてじっくーーーり話すとしてー近場の予定だけ先に言っとくな」
聞き捨てならないお言葉の羅列に、余程情けない顔になっていたのだろうか。
温かい指先で頬をくすぐるようにつねられた。
いろいろあった1日の終わりなのに、なんて優しく微笑うんだろう。
「そんな顔するなよ。大丈夫、すぐに消えたりしないから。結論として、十八さんや3大勢力と話し合ったり、職員会議の結果、1週間休学する事になった」
「えっ、休学???」
「そ。これまでの功績を認めていただけまして、停学ならぬ休学扱い。平日の生徒会活動残業分の代休っつー不思議な名目でな。この1週間で残務引き継いだり、あれこれ手ぇ回せたら良いかと想って、有り難く受けさせていただきました」
1週間の休学、つまりまだ、もう少しだけ一緒に過ごせる時間があるのだろうか。
「なあ、陽大」
こつんっと額が合わさって、穏やかな色を宿したキラキラ光る目を見上げる。
「俺は陽大とコソコソ付き合いたくない。陽大が気疲れして、日増しに元気なくなっていくのも見てられねえ。だから俺の我を通した。この学園で想い残す事なんて、陽大以外にない。何ひとつ後悔してない。そりゃ同棲気分を味わえなくなるのは惜しいけど?それよりも折角たったひとりの最愛の人と出逢えたのに、人の目気にして外で会えない方が堪え難い。ま、下界でもいろいろあるだろーし、何処に行っても風当たり強いかも知れねえけど」
おおきな手が、俺の濡れた頬を包みこむ。
その手に、恐る恐る自分の頼りない手を重ねた。
「陽大となら何だって乗り越えられる。山と下界で距離は空くけどさ、後2年もしたら陽大は卒業じゃん。子供の時間は長くて重いけど、会える限り会おう。これで俺から離れられると想ったら大間違いだからな?今日はこの辺りで勘弁しとくわ。あ、これだけ言っとくけど。うちの家族が陽大に会わせろ会わせろって催促ヤバくてさー取り敢えず俺から先に十八家へ挨拶行くから、また日程決めような。春休みでいっか」
こっくり、こっくり、何度も頷いて。
優しく目元を拭っていただいた後、軽く息を吐いてどうにか笑った。
ちゃんと笑顔になっているかどうか、わからないけれど。
「はい…ありがとうございます」
「礼など要らぬぜよー」
ほんとうはそのまま、お顔を見て言いたかったけれど。
ぼふっと勢いよく抱きついて、呟くのが精一杯だった。
「…柾先輩…だいすき、です…」
柾先輩にはちゃんと届いたみたいで、耳元で吐息が揺れた。
「俺も。陽大を愛してるよ」
2014.9.24(wed)23:59筆[ 724/761 ][*prev] [next#]
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