102.天使バルサンが奏でる狂想曲(15)


 学園中が大パニックだ。
 今朝、号外が撒かれた時よりもっとヒドい。
 それは5限が終わって教室に戻り、6限の通常授業が終わった後、更に爆発した。
 今までヒソヒソざわざわ、クスクスで終わってた騒動が、あっちでもこっちでも大きな話題になってて、駆け回ってる連中も多い。
 話題は全部同じ、昴が居なくなる事、ただそれだけ。
 「穂っ!モタモタしてんじゃないよ!急いでっ」
 HR終わった途端、心春に急かされながら教室を出た。

 「こはるっ、ちょ…早いって!ごーだ先生が言ってたじゃん!放課後、くれぐれも騒いだりせずすぐ寮へ帰るようにって…それに廊下は走っちゃダメなんだぞっ」
 「うるさいよっ!こんな一大事にそんな場合?!手遅れになる前に急がないと…後悔しても遅いんだからねっ」
 まあ、そうだけどさ!
 「はると…どこに居るんだろうな…」
 そう呟いた途端、心春が急に足を止めて振り返った。
 「穂、マジで馬鹿なの?」

 なんだよ、その本気で呆れましたって素の顔!
 憤慨するオレに、心春は冷静だった。
 「はるとはきっと大丈夫…この騒ぎの中、教室に戻って来れるわけないでしょ!ちゃんと安全な場所に居る筈…柾様に抜かりなんてないもの。今どこに向かってるかって、はるとを探しに行くんじゃないからね!柾様を止めに行くんだよっ」
 え、昴を止めに行く?!
 ポカンとなったオレを引きずる様に、心春はどんどん先を急いで行く。
 ワケがわからないまま猛ダッシュして、たどり着いたのは職員棟?だっけ???

 そこへ連なる廊下には、既に生徒がずらっと並んでて、校内より控え目だけどやっぱりガヤガヤしていた。
 なんだコレ。
 心春は何人か顔見知りが居たらしい、こういうの上手いんだよな、扉付近に陣取ってた先頭集団の中へオレを連れてまんまと紛れ込んだ。
 「おい、心春…一体なんだよ?職員棟になんかあんの?」
 「しいっ!静かにして。今、職員会議中なの。自主的な退任、退学でも…はいわかりましたってすぐ受諾できる立場の御方じゃないから…」

 つまり、昴の事で話し合ってるのか?
 並んでる連中は皆、どこか不安そうな表情を浮かべている。
 もしかして昴の親衛隊なのか。
 今にも泣きそうなヤツも少なくない。
 「柾様…僕らはただ、お慕いしていただけなのに…」
 哀しい呟きまで聞こえて、想わず心臓の辺りをぎゅっと掴んだ。
 オレには何が何だかわかんないけど。
 こんなの違うっていう事だけはわかるよ、昴。

 どんだけ待ってたかわかんない。
 祈るように切羽詰まった表情の心春の隣で、どっちからともなく手を繋いで、ただ黙って待ってた。
 ふいに職員室の扉が開いて、わぁっと声が上がる。
 「先生!どうなったんですか?!」
 「柾様は本当に退学なんですか?!」
 「教えてください!!」
 「柾様を辞めさせないで…!!」
 「任期途中で会長が居なくなるなんて、そんなの有り得ないですよね?!」 

 中から出て来た先生達は、オレ達が待ってるなんて想わなかったんだろう、一瞬ぎょっとした顔になったけど、誰も彼も無言で立ち去って行った。
 唯一、最後に出て来たごーだ先生だけが、「こらー!お前ら、早く寮に戻れ!お前らの素行次第で何か変わるかも知れねぇだろーが!とにかく下校しろ!」とうるさかった。
 追い立てられるまま、オレらは解散させられ、散るしかなかった。
 がっくり元気がなくなった心春と、手を繋いだまま、無言で寮への道を辿る。
 なんか喋ってごまかしたかったけど、心春がマジで泣きそうだから、我慢した。
 
 こんな終わり方って、ウソだよな。
 昴はホントにこれで良いのかよ。 
 大体、はるとを置いて居なくなるなんて、そんなのってない。
 どうしたら良いんだ。
 ヒドい状況だってわかんのに、オレの頭は回らなくってぼーっとしてる。
 「嘘…嘘でしょっ…」
 「えっ?!ちょ、心春?!」
 それまで黙りこくってた心春の声が、急に聞こえたと想ったら、すぐ隣を風が吹き抜けた。

 走って行った方向を目で追って、オレもすぐに追いかけた。
 特別寮の前に、半端なくデカいトラックが止まってる。
 そのトラックからは、次々とガタイの良い連中が降りて来ている。
 揃いの作業着で帽子を目深に被った連中と、デカいトラック。
 ぼーっとしてるオレにもすぐわかった。
 アイツら、引っ越し業者か宅配業者じゃね?!
 どっからどう見てもそうで、こんな変な時間にいきなり引っ越しとか宅配の用事があるヤツなんて、1人しか居ない。

 「あのっ…!すみません、窺ってもよろしいでしょうか…もしかして柾昴様のご依頼ですか?!」
 息を切らしながら連中の1人に話しかけた心春に、相手はきょとんと首を傾げて、はいと短く頷いている。
 心春の顔が一瞬で青ざめたと想ったら、次の瞬間には勢い良く頭を下げていて、オレはおろおろするだけで精一杯だった。
 「お願いします…!少し待っていただけませんか?!ご事情があるのはわかります…柾様のご家庭のご都合もあるでしょう…でも、どうかお願いしますっ!!僕は合原心春といいます、僕が全責任を負うので…!!もしかしたら、まだ学園に残って下さるかも知れなくて…っ!!何も本決まりじゃないんですっ!どうか、柾様の引っ越しや荷物の引き取り、今暫くお待ち下さいっ!!」

 お願いしますと何度も何度も頭を下げる心春に倣って、慌ててオレも頭を下げた。
 昴がしてたみたいにキレイなお辞儀じゃなくて、今イチ極まらないけど。
 「今日1日は待ってくださいっ!!お願いしますっ!!」
 頭を下げ続けるオレ達に、業者の中でもリーダーっぽい人が進み出て来た。
 「どうか顔を上げて下さい。ご事情は存じ上げませんが、お気持ちは十分わかりました…ご依頼主様に1度、この事態をお伝えさせて頂いた上で、出直させていただきます。但し、その後の判断はご依頼主様次第、私共はあくまでそれに従います。あなた方のお気持ちに添えない結果になる事も有り得ますが、それだけはご了承下さい」

 2人で顔を見合わせて、「「ありがとうございますっ!」」ともう1度頭を下げた。
 トラックが引き上げて行くのが見えなくなるまで、お辞儀を続けて。
 どうしよう、昴は本気で居なくなるつもりなんだ。
 改めて実感して、怖くなった。
 「とにかく…作戦会議しなきゃ…」
 青ざめたままの心春の手を、俺から繋いで頷いた。
 「うん…寮に帰ろうぜ、心春。どっちの部屋でも良いから、とにかく落ち着こう」
 こんなイヤな終わり方、誰も笑えない結末なんて、オレは絶対許さないから!!



 2014.9.19(fri)23:59筆


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