99.副会長のまっ黒お腹の中身(13)


 何が起こっているんだ、今。
 あちこち騒然としている中、悠然と昴が戻って来る。
 双子をあやし、前陽大の頭を撫でて何か囁きかける、事をぶちかました本人だけが余裕で。
 「と、とにかく柾君は退出しなさい!」
 「他の者も今の内に裏口から出なさい!」
 我に返った先生方が、動揺しながらも何とか一旦の収集に努め始める。
 それを他人事の様に見ている俺は、ただ、昴から目が離せない。

 「日景館、取り敢えず会長代理として場を纏めて来てくれないか。…出来るか?」
 業田先生の指示に頷いた所で、舞台裏がまたざわめいた。
 「理事長…!明日まで出張中では…」
 誰かの声に目を向けると、血相を変えた様子の理事長が乗り込んで来た所だった。
 寝耳に水だったのだろう、この方にしては珍しく取り乱した様子で、昴の所へ向かう。
 「柾君…どういう事だね、これは」
 昴の目の前に掲げられた書類は、俺の立ち位置からかろうじて、1番上の大きな文字だけ読み取れた。
 
 「退学届」だ。
 朱印が目に触れ、紛うことなき正式な書式で、いつの間にか届けていやがった事を知る。
 学園内で通用する書類ならいざ知らず、入退学届や休日届など、保護者の同意が必要な書類の捺印は、保護者の用いる印鑑しか認められていない。
 いくら昴とて調べりゃわかる朱印の偽造はしないだろう。
 こいつ、本気だ。
 その瞬間、ぞっとした。
 昴は本気だ。

 柾家が如何程のものか、俺には想像するしかないが、日景館より余程格式高く、歴史ある由緒正しき旧い家という事は知っている。
 そして内情は滅茶苦茶だが、腐っても十八学園だ。
 そのステイタスを捨てる事、後1年で卒業できるものを、トップの成績を誇りながらあっさりと手放す事の重みを、破天荒な昴とて自覚している筈。
 どこの親が易々と許すものか。
 まして同性相手の恋愛沙汰、事実を明かそうと明かすまいと、いずれにせよ情報が親までいくのは時間の問題で、こんな騒ぎになったら誤摩化し様もない。
 
 導き出されるのは、1つの答えだけ。
 親をも巻き込んで、説き伏せたという事だ。
 いや、昴の場合は一族絡みも根深そうだ、血縁全て承知の上と見て取るべきか。
 そうまでして本気だ。
 十八学園というブランドを捨て、長年の努力も全て置き去りにし、前陽大の為に去る気だ。
 何故だ。
 何故、ここまでやる必要がある。
 お前ならもっと上手くやれるんじゃないのか。

 後1年、いくらでもどうにかなるのではないのか。
 理事長に促され、何処かへと立ち去る背中を見送るでもなく見る。
 どんな時でも揺らがない。
 去る時まで伸びている背中を、何とも言い難い胸中で見る。
 「日景館、行けるか」
 業田先生に再び声を掛けられ、頷いて歩を進める。
 「りっちゃん〜…ねぇ、どぉすんのぉ〜」
 「りっちゃん。こーちゃん、が…」

 頼りない眼差しの悠と宗佑に「とにかく話は後だ」と言い置いて、舞台に出た。
 俺達3大勢力だって、何も聞いていない。
 告白大会の裏で何が始まっていたか、知る由もなかったのだ。
 ざわめきが収まらない講堂内を見渡して、一先ず皆落ち着く様にと繰り返し言葉を繋ぐ中、ふと2Aの一群れに目がいった。
 そこだけ他と違っていた、だから目に留まったようだ。
 様々に喜怒哀楽を現す生徒達、何とか鎮めようと奮闘する先生方や各委員が立ち働く中、旭とそのバスケ部の一員共だけは、飄々といつも通り笑っていた。

 昴の親友と名高い旭と、よくツルんでる連中の姿に、知らず拳を握る。
 お前達は知っていたのか。
 事前に、昴の決意を聞いていたのか。
 俺は知らない、何も。
 何1つ知らされていなかった。
 壊れた機械の様に、事務的にマイクに向かって繰り返しながら、焦燥感だか何とも知れない落ち着かない心持ちはずっと消えなかった。



 2014.9.15(sun)23:59筆


[ 716/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -