97.背中
お昼休みが終わったら、講堂に集合する。
今日は3年生の先輩方を送る会の、全体打ち合わせの日だ。
サプライズ企画は当日のお楽しみのまま、5限の時間を使って、生徒会主導で全学年にプログラムが配布され、説明を行う。
もうすぐ、先輩方はほんとうに卒業されてしまうんだなぁ。
皆さまにご配慮いただいて、尖った空気をより刺激しないようにと、舞台袖に隠れて立ちながら、お世話になった先輩方を想い、寂しさを実感した。
そうやって他のことに集中して。
うるさく鳴り続ける鼓動を、どうにか気にせずに済むよう必死だった。
中央の壇上には堂々と立ち、淡々と説明役をこなしている柾先輩がいらっしゃる。
ライトを浴び、皆さんの様々な視線やヒソヒソとしたざわめきを一身に受けながら、その大きな背中は揺らがない。
今日もまっすぐ立っている。
今朝、御殿でいってきます、いってらっしゃいとご挨拶を交わし、登校したら号外が出ていて、メールもお話もできないまま、この時間になってしまった。
説明会が始まる直前に、ひっそりとメールをお送りした。
この説明会が終わり、通常授業の6限が終わったら、生徒会が始まる前に少しだけお時間いただけませんかって。
返事はいただいていないけれど、きっとお時間取ってくださる。
知らずにいつの間にか、舞台の幕となるビロードのカーテンを握りしめていて、はっとして手を離した。
今からこんなふうじゃ駄目なのに。
震える手で、皆さんと作り上げたプログラムを抱え直す。
あぁ、そうか。
幸せな夢の終わりは、今朝だったんだ。
優しい眼差しと温もりを想い出し、あれが最後だったんだなぁと今更気づく。
そうとわかっていたら、御殿に置き去りになっている俺の私物、今朝引き取っておくべきだった。
先輩に処分をお願いするなんておこがましい。
どうにかお引き取りさせていただけるように、御殿の秩序を乱さないようにしなくちゃ。
目線がどうしても下がりそうになって、慌てて前を向く。
変わらず堂々と明るい場所に立つ、背中が見える。
「生徒会長」さまの柾先輩は、とっても遠い。
出会ってからずっと、手の届かない遠い御方だったけれど。
夢を見させてくださった。
たくさんの幸せをいただいた。
目を覚まさなくちゃ、ね。
俺の夢は最初からひとつだけだった筈だもの。
ひとときの夢に浮かれて忘れたことはないけれど、ちゃんと集中しよう。
十八学園を卒業したら、どこかのお店で修行させていただこう。
うんと腕を磨いて、いろいろ素敵なお店を食べ歩いて。
修行を積んだら、「HOTEL KAIDO」さまで使っていただけないかなぁ、なんて。
壮大な野望ですなぁ、でも夢見るぐらい憧れなんだもの。
海外にも渡ってみたいな、なんて。
山本春明シェフの足元にも及ばないながら、若い内にたくさん見聞を広めて、いろいろな力を磨いてお店を出すんだ。
俺の大切な夢を叶えるんだ。
訪れてくださり、ひとくち食べた方々が想わず笑顔になるような、おいしい料理を作る。
だから、当の俺は今から笑顔でいなくちゃ。
へこたれている場合じゃない。
誰も何も悪くない、俺がすべてに至らなかっただけ。
こんな所でつまづいている場合じゃない。
1年後にはきっと、屈託なく笑ってる。
全部きれいに収まって、今度は柾先輩たちが卒業で。
あと、1年。
1年なんて、長い人生で見たら僅かな時間なのに。
「――これにて、3年生を送る会の説明会を終わります。不明点は先程申し上げました通り各クラスの担当委員まで問い合わせ願います。それでは、各自速やかに、学年毎クラス毎に退場して下さい。繰り返しご案内申し上げます…」
もう、終わり。
気づけば生徒会からの説明は終わり、十左近先輩の後を引き継いだ放送部員さんが締めの言葉を述べ、その間に皆さんが舞台袖に戻って来られた。
「お疲れさまです」
補佐なのに何のお役にも立てていない俺は、せめて心をこめて労いのお言葉をかけるしかなくて。
聞きたいことがいっぱいあるといったお顔の皆さんに、申し訳なくて。
ふいに、舞台裏がちいさくざわめいた。
公共の場ではどなたか介さない限り、俺に接近することのない柾先輩が、俺の隣にずっとそうしてきたかのように並んだからだ。
意図がわからない。
周囲から好奇の目と、生徒会メンバーの皆さまに様々な視線を向けられて、固まる俺の耳に
講堂内の騒ぎが飛びこんできた。
「これで終わりー?」
「ちょっと!前陽大は何処?!」
「申し開きもねーのかよー!だっせぇなぁ!」
「一言ぐらい何かあるだろ」
「「「「「柾様ー!」」」」」
始めはかすかだった声が、どんどん膨らんでいく。
「静かにしなさい!各自速やかに教室へ戻りなさい!」
放送委員さんや風紀委員さん、先生方からの注意や怒声が飛び交うも、それが更なる火種を呼んで、大きく広がっていく。
野次や罵声、その内すすり泣く声すら聞こえ、混沌と化す。
収集の付かない騒ぎは乱闘さえ始まりそうな雰囲気で。
自分の起こしたことの大きさに、目の前がまっ暗になる。
俺はほんとうに、自分のことばっかりで。
この人を好きになることの意味を、大きさを、まったくわかっていなくて。
たくさんの人たちの想いを、わかったつもりでわかっていなかった。
こんなことになるなんて。
「とにかく、柾と前は今の内に裏口から出ろ」
業田先生に促されたその時、隣の空気が緩やかに動いた。
2014.9.14(sun)15:06筆[ 714/761 ][*prev] [next#]
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