96.心友
同刻、別棟の屋上で、柵すら乗り越えて並んで座り、足をぶらつかせている2人が居た。
舞い散る白い紙片の間に間に、止まない噂話、走る思惑、様々な人々の動向を見るともなく眼下にしながら、浮遊感を楽しんでいる。
先生方は勿論、生徒が目にすればたちまち大騒ぎになろうが、無防備な姿を責める者は此所に居ない。
元より一般生徒であろうが役職持ちであろうが、教職員でも絶対立ち入り禁止の屋上だ。
創立100周年を誇るこの学園、建物の老朽化は莫大な寄付金から毎年修繕費用を捻出しているが、この屋上まで手入れが行き届いているかどうか、甚だ疑問である。
突風に煽られでもすれば、即・落下、自己責任の極みだ。
それすらも楽しむ様に、2人の寛いだ姿勢は揺らがない。
下界の慌ただしさとは無縁に、外に出るにはいささか厳しい寒さの空の下、足元から風に吹き上げられながら、何を語るともなくただ此所に居た。
2人の間に言葉は要らない。
柾昴と旭颯人と聞けば、誰もが放っておいてくれる。
王者の理解者の中でも唯一無二の親友である、幼等部から始まった友情は、今更どんな嵐に見(まみ)えようとも危機はない。
ちいさな子供の内から、腹の底の本音をたくさん語り合ってきた。
不思議とすら感じた事がない、隣に並ぶのが当たり前で、お互いの言葉に偽りは微塵にも含まれない。
この学園でこの親友に出逢えた事、それが誇り。
とうに昼食は終えていた。
腹を満たし、穏やかな時が流れたなら。
昴は目を閉じる。
風の唸りを聞いて、微かに笑む。
そろそろ時間だ。
「颯人」
「んー」
少し眠そうな旭がこちらを振り返る。
「辞める事にした」
「んー。会長職?」
「ん。全部」
「そっかーお母さんはどーすんの?」
「陽大が卒業したら、すぐ迎えに来る」
「ライバル多いのに?」
「陽大も俺も浮気しねえし。…たぶん?」
旭が吹き出して、2人でちょっと笑った。
「ははっ!ちょっとだけ自信ないのな、昴」
「そ。信頼してるけど、自信はちょっと」
「そっかぁー…昴が居なくなったらつまんなくなるなー」
「俺も。颯人クンが側に居ないと、寂しくて泣いちゃうょ…」
「昴っ」
「颯人クンっ」
「「うおっ!!あっぶね!!」」
ふざけた小芝居で抱き合うと同時に、ぐらりと上半身が揺らぎ、あわやと互いを支え合う。
冗談にならない。
足場を確保して立ち上がり、柵を乗り越えて、安全な地面へ戻った。
前を向く王者の肩に、旭は気安く触れて寄りかかる。
「後は任せとけ」
「ん。ありがとう。陽大を頼む」
「無論!お易い御用ですー陽大君の無事は卒業まで守るからさ。昴はちょっと休んでな」
親友の労いに昴も相好を崩し、すぐに悪どく笑った。
「ま、外から操作はするけどな」
「お前は…ま、仕様がねえか」
企む様に笑い合い、息を吐く。
一瞬だけ静かな間が空いた後、昴は随分すっきりした顔で旭を見つめた。
「颯人」
「んー」
応える旭は、決意した親友の言葉を全て受け止めんと見返す。
「颯人に会えて良かった」
「何を今更!んなのとっくに知ってるしー」
「いや、マジで。楽しい学園生活だった。お前のお陰だし」
「こっちこそだっつの。お互い様だろ」
「旭クンっ」
「昴っ」
ふざけて抱き合い、じゃれ合って、若者らしく声を上げて笑う。
全てが想い出で、全てを笑い飛ばして、未来へ向かう。
ずっと変わらない、この先も。
様々な出来事が起こるだろう、学園生活の比ではなく、自分達は荒波に揉まれるだろう。
けれど変わらない、この友情は。
緩やかに、相応に大人になりながらも、距離や時間がどれ程、妨げになろうとも。
互いの変化すら楽しみで、離れていても大丈夫。
『はやとおれは、ずっとともだちだから』
『こう…うん!ずっと、ともだち』
誰も知らない、ちいさな指切りの誓いは、この先も続いていく。
「行けよ、昴。見てるから」
「ああ」
拳をぶつけ合って、何の青春ドラマだと爆笑しながら、分厚い灰色雲の隙間からいつしか陽の光が差した頃、それぞれの行くべき道へと別れた。
2014.9.13(sat)23:45筆[ 713/761 ][*prev] [next#]
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