95.舞い散る


 一際強い空っ風が吹き荒れる今日、朝からバラ撒かれた号外が、美化委員さんや用務員さんの手すらすり抜けて、学校中を舞い飛んでいる。
 屋上に程近い、生徒会役員の特権で開いたテラスへ出て、お弁当を食べた後、柵にもたれながら雪のような紙吹雪を見つめた。
 あんなところにも、こんなところにも、白いザラ紙が散乱している。
 お片づけのお手伝いに伺いたいけれど、更なる騒ぎを煽ってしまうだろうな。

 なんて無力な俺。
 柵を握る手は、我ながらちいさく頼りなく見えた。
 振り返ると、心春さんと穂さんが、飲みかけていたホットココアもそのままに、呆然としておられた。
 無力な俺はどうする知恵も働かなくて、所在なく笑ってみせるしかできない。
 柵の段差から地面へ降り立ち、お2人の側へ戻った。
 「今日はよく冷えますし…そろそろ屋内へ戻りましょうか」

 お2人を促すと、驚きのまま固まっていらっしゃった心春さんが、やっと我に返ったというご様子で口を開いた。
 「別れるって…柾様と別れるって、嘘でしょ、はると。何の悪い冗談なの…?」
 そう仰られながらも、心春さんは少しも冗談だと想っていないお顔だった。
 俺はたった今、打ち明けたばかりの話をやんわりと繰り返した。
 「冗談じゃ、お話できないです…俺は、本気です。ずっと考えてたことですので…いつかは絶対にお別れの日がくるって、わかっていたことですし…」

 ふいに心春さんの、外にいるからだろう冷えた手が、静止するように俺の手を握った。
 ああ、早く中に入ってあったまらなくっちゃ。
 お2人が風邪を引いてしまう。
 今日は寒いってわかっていたこと、だけどどうしようもなかった。
 とても屋内で食事できる状況ではなくて、朝からずっと学校内は騒然としている。
 俺の側にいてくださるばかりに、また巻き添えを食う形になってしまって、お2人にはほんとうに申し訳ない。

 「そんな…そんな、別れる前提で付き合ってたって言うの…?はると…そんなのって!」
 「すみません、心春さん。たくさん応援してくださるって、お言葉をいただいていたのに…でもどうしても欲が出てしまいました。短い期間でもいいから、先輩の近くにいたいなって想ってしまって…浅ましいですよね」
 「違うでしょ?!人を好きになったら、その人の事が欲しくなって当然じゃない!恋したら誰だって両想いになりたいって願うし、側に居たいって想う。叶えばもっともっとって貪欲になる。そんな当たり前の事にどうして遠慮するの?!」

 真摯な心春さんの言葉に、泣きそうになった。
 でも今、泣いている場合じゃない。
 頷いて、それから静かにかぶりを振った。

 「その通りだと想います。だけど、ごめんなさい…俺…、俺は、無理でした。この人の隣に俺が居ていいのかなって、ずっと心配で不安で…っ、先輩が優しいから、ほんとうに好きだったから、迷惑になりたくなくて…!柾先輩には幸せになって欲しいんです。俺のことなんかで大騒ぎになって、たくさんの笑顔を奪って…たくさんの方々の想いがあって…先輩にはこれ以上何も負って欲しくない。いろんなことが気になって…正直、辛いです。もう十分すぎる程、幸せな気持ちをいただいたので…全部、元通りにします。心春さんと穂さんに、こんな勝手なこと申し上げて、ほんとうにすみません」

 「はると………」
 心春さんに、そんなお顔して欲しくないのに。
 でも、今日で全部、元通りにするから。
 ちゃんと全部なかったことにするから、どうかまた、皆が笑って楽しく学校生活を送れますように。
 「…はると、と、昴が、さ…」
 それまで黙りこくって俯いていた穂さんが、おもむろに掠れた声を出された。
 聞き逃しそうなちいさな声に、心春さんと一緒に耳を傾ける。

 「すっげぇ、幸せそうに見えた。1回、心春と一緒に昴の部屋行ったじゃん…その時、すっげぇ2人共仲良くて、なんだろ、空気がほわっとしててさぁ…ああ、お似合いだなって、オレ想ったんだ。ううん、お似合いとか通り越して、2人で居るのが自然だなって。時間経ってないのに、もうずっと一緒に居るみたいだった。それなのに、もう別れんの…?昴の気持ちはどうなんの?昴は、だって、全然無理してなかった。ちゃんと両想いじゃんか…はるとはそれで、ホントに良いの?」

 顔を上げた穂さんの大きな瞳が、うるうると涙で潤んでいる。
 心春さんも穂さんも、ほんとうに懐深い方々だ。
 だからこそ俺は、笑っていなくちゃ。
 前を向いていなくちゃ。
 「はい。そんな風に仰っていただけて、とっても嬉しいです。けれど、柾先輩は…」
 優しい眼差しが、脳裏をよぎる。
 一緒にいたいって、仰ってくださった、それだけで俺は。
 
 一瞬だけ目を閉じて、すぐ開く。
 僅かな間でもたくさんの優しい想い出があるから、大丈夫。
 「強くて優しい御方なので、もっと素敵な人と幸せになって欲しいです…俺みたいに、いつまでも踏ん切りつかずビクビクしているだけじゃ、先輩の隣には立てません。今はよくても、直に無理が生じるでしょう。今日の放課後、きちんとお話して来ます。
 あの…お話終わった後、心春さんと穂さのご都合よろしければ、側にいていただいてもよろしいでしょうか…?ちょっと今夜は、自業自得ながら寂しくなりそうなので…」

 全部言い終わらない内に、左右から抱きつかれてしまった。
 「当然でしょっ!友達なんだからっ!今夜はオールで語るよっ」
 「おうっ!!はるとの限界超えて語ろうぜ!!」
 あったかいお2人に、目頭が熱くなったけれど、どうにか堪える。
 いっぱい、いっぱい考えて決めたこと。
 最初から覚悟していたこと。
 ただ、こんなにも大騒ぎになってしまった、学校が沈静化するのに時間がかかりそうで、申し訳なくて心が痛む。


 
 2014.9.10(wed)23:47筆


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