92.所古辰の淫らでゴメンネ(7)


 人の気持ちは誰にも止められない。
 本人すら持て余す感情の揺れを、まして巨大で閉鎖された学園の中、多くの人間が集えば安易にその振幅は増減する。
 如何な個性を持っていようと、多数に流されるのはこの国の宿痾(しゅくあ)と言えよう。
 プライドが高いエリート共の中でも、より権力のある者が強く、時流を形成するのは致し方ない。
 俺達はまだガキで、だからこそ尚、安易に流される。
 強い心だけじゃ此所では暮らせない。

 誰よりあいつが知っているだろうにねェ。
 「チビちゃん、急に呼び出して悪いねェ。帰りは裏ルートで目立たない様に送るから、安心しなァ」
 「とんでもないことでございます。お気遣いありがとうございます」
 ふにゃっとしたチビちゃんスマイルには、どこか陰りがある。
 この笑顔を晴らしてやりたいんだが。
 これから話す内容で益々元気がなくなる事を想うと、我ながらてめぇの立ち位置にウンザリするなァ。

 チビちゃんが丁寧に入れてくれた、香り高いフレーバーティーを一口飲んで、降下し続けるテンションを何とか保つ。
 いかんいかん、先輩の俺がこれしきでへたってたら後輩に示しがつかん。
 「先ずチビちゃんと改めて話しておきたかった事があってなァ…蒸し返す様で申し訳ない、一舎の事なんだが」
 ぴくっと華奢な肩が揺れる。
 だがチビちゃんは強いから、反応はそれだけで、落ち着いた瞳で俺を見返してきた。

 「アイツがろくでもない連中とツルんでんのはわかってたからねェ。見過ごせねェと俺らは新聞報道部に無理矢理入会させてたんだなァ、監視がてらに」
 「え…一舎さん、は新聞報道部さんだったんですか…」
 「あァ。けど俺が甘かった。チビちゃんをあんな目に遭わせたのは、ヤツを御し切れなかった俺に責任の一端がある。本当に悪かった。言い訳になるが、チビちゃんが落ち着くまで真相は伏せておこうと今更になった。それも申し訳ねェ。すまない」
 「そんな、所古先輩!謝らないでください。どうかお顔を上げてくださいませ」

 頭を下げる俺の腕に、小さな手が添えられる。
 「所古先輩の責任だなんんて、とんでもないことでございます。俺こそ、周囲から気をつけるようにと言われ続けてきましたのに、不注意で油断ばかりで…一舎さん、にもご事情があること、お伺いしました。お恥ずかしい話、まだちょっと怖いですが…もう大丈夫ですから。俺とて日本男児の端くれですからね!どうか何もお気に為さらないでください」
 人の為に、笑顔になる。
 チビちゃんの笑顔は、周りの人間の為のものだ。
 こんな優しい良い子を、これ以上苦しめたくないんだが。

 俺は間違っているのか。
 俺は何を為そうとしているのか。
 ここずっと、流石の俺も迷ってばかりだ。
 だから片前にも愛想尽かされてんのかねェ。
 情けないねェ。
 窓から見える、暗雲立ちこめた、今にも降り出しそうな暗い空を見上げる。
 所古辰の名が泣くね、このままでは終われんさァ。
 
 優しいチビちゃんに礼を言い、息を吐いた。
 「話はそれだけじゃなくてねェ…これから本番だがその前に、チビちゃん、俺も十左近もチビちゃんの味方である事に変わりねェ。勿論、他の連中もだ、チビちゃんは独りじゃない。それを先ず心に刻んでくんなァ。俺ァ卒業してもチビちゃんの味方さァ」
 落ち着いた瞳は揺らがず、次の言葉を待っている。
 この子は良い子だ。
 だが、不穏な流れに身を委ねざるを得ない多数の生徒達とて、この子と同じ様に皆、それぞれの物語を持っている。
 
 誰もがそれぞれの物語を懸命に生きるしかないのだ。

 「チビちゃん、明朝俺らは号外を出す。トップ記事はチビちゃんと柾の熱愛疑惑だ。面白おかしく書かせて貰う。言ってどうなるものでもねェが…対策は多少練れるだろう。発行前に教えんのが俺らの精一杯だ。すまない」

 チビちゃんは、予想外の反応を見せた。
 ふわっと微笑って見せた。
 快活な笑顔ではない、儚い表情だが、笑顔は笑顔だ。
 想わずドキリとさせられる顔だった。
 「そうですか…貴重な情報をご教示いただき、ありがとうございます。号外発行は、所古先輩と十左近先輩の大事なお仕事だと理解しております。俺は大丈夫ですので、どうかお気遣いなさらないでくださいね。そろそろ出るかなぁなんて、厚かましくも何となく想っていたところでしたので…」

 好奇な視線に晒される日々だっただろう。
 敏いチビちゃんは学園の空気をちゃんと読んでいる。
 それにしてもその笑顔の示すところは何だ。
 
 真相究明も忘れて、俺はただ魅入られていた。



 2014,9,6(sat)19:23筆


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