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 柾先輩のあったかさと、しっかりと固い筋肉のついた胸元と、優月さん満月さんがぶら下がってもへっちゃらの頑丈な腕に包まれて。
 まだ終わらない電話中の、静かで低い声音を聞くともなく聞きながら。
 そろりそろりと背中に腕を回してみたら、より一層ぎゅうっと抱き寄せられた。
 未だに慣れない状況に、顔がかーっとすぐ赤くなっていく。
 ふん、これでも数週間前に比べれば慣れたほうですから。
 かーっとなりながらも、あったかくって、ぼんやりしてしまう。

 御殿の素敵ベッド以上の心地のよさ、ほんとうに恐ろしいったらない。
 現に朝、うっかり寝過ごしそうになったり、2度寝の魔力に捕らわれそうになったことは少なくない。
 それどころか、しっかり仕度が終わって出かける前の余暇、ソファーでぎゅうぎゅうされている内、寝落ちそうになったことも多々ある。
 休日なんて全日完敗中だ。
 このあったかさに逆らえる勇者なんて、先ずいないに違いない。

 優月さん満月さんだって、どんなにはしゃいで元気いっぱいで、目がギンギンの時でも先輩が隣にいれば、即寝されているぐらいだもの。
 うんうん、俺は悪くない。
 このポカポカあったかいのも、悪くないどころか最高ですとも。
 Tシャツもパーカーも男前のお召しになられていたもので、それが尚、安心感を呼ぶと言うか眠りを促すと言うか、この幸福感はどうしたものでしょう。

 うーん、マロンさまがひとり、マロンさまがふたり…いいえ、マロンさまは唯一無二のひとりで完全完成体、あんなお可愛らしいわんこさまがふたりなんて、ときめき過ぎて心臓ぶっ壊れちゃいます。
 む、待てよ?
 マロンさまがふたりとなったら、先輩と俺にひとりずつ付いていただけたなら、平等かも知れませんねぇ。
 いやいや、やっぱりマロンさまはおひとりで完璧無敵の最強わんこさん。
 
 お散歩したいな。
 一緒にお散歩してくださるかな。
 わんこさんもまっしぐらのクッキーレシピ、ひそかに集めてるんですよ。
 もし叶うなら、1度でいいからマロンさまにお会いしたいな。
 公園で一緒に走り回ってたくさん遊んで、お弁当食べて、お昼寝しましょうねぇ。
 もちろん、マロンさまには特製わんこさん弁当をご用意いたします。
 俺とも遊んでくれますかねぇ、ほんとうに、会えたらいいのに。

 「んー、俺も早くマロンと陽大を会わせたいっつか、何かむにゃむにゃしてると想ったら、寝てる?陽大くーん?」
 「はっ!?起きてますよっ!失礼な!俺ほど起きている人間はいないむにゃ…マロンさん…お慕いしておりむにゃ…」
 「寝てるじゃん。よしよし。よっと…ほら、陽大つかまって」
 「んむ〜…柾先輩はベッド以上、夜更かし未満…」
 「何だそりゃ。夜更かし未満って何。いーからもっとつかまって、ぎゅーしてて」
 「ぎゅーーー…」

 あったかぁい、な。
 ふわふわしているのはどうしてだろう。
 でもきっと大丈夫、柾先輩がこんなに近くにいるもの。
 どこにいたって大丈夫、間違いない。
 「…って、えぇっ?!俺ったらいつの間に?!お、下ろしてくださいませ!自分で歩けますからっ」
 ふと意識が浮上し、我に返ったら。
 「ん。いーよ、下ろしてあげるね」
 
 着地した先はもうベッドだった。
 いつの間に俺ったら!
 「先輩のぼう!危険な暖房のぼう!」
 「甘えん坊のぼうじゃなかったっけ?」
 「それもありますが、危険暖房のぼうでもあるんです」
 「危険暖房って。ま、陽大があったかくてお役立ちなら恐悦至極ですが」
 話している間にもはおったパーカーは脱がされ、先輩は着ていたTシャツを脱ぎ、ベッドのまん中に追い立てられた。

 「…いつか風邪を引いても知らないで候」
 「引かぬで候。陽大とくっついてたらあったかいし」
 そういう問題じゃなくてですねぇ、いつ見ても慣れないで候。
 慣れないまま、終わるのだろう。
 最後の最後まで俺は、ほんのり緊張したままなんだろうな。
 「はい、電気消しまーす」
 上半身裸の先輩に抱きしめられる形で横になりながら、聞こえないようにため息を吐く。

 「柾先輩…?」
 「ん?」
 薄い暗がりの中で、いつもより近い位置の男前顔を見上げる。
 「最近よく、夜にお電話なさっておられますよね…俺、邪魔じゃないですか?気兼ねなくいつでもお電話なさってくださいね。お部屋にいるのが邪魔なら、いつでも帰りますし…」
 「ヤダー陽大くんと一緒にいるー」
 「ちょっ!人が真面目に話しているのに…もう、いいです」
 まったくすぐ甘えたさん発動すりゃいいと想って、知りませんと背中を向けたら、すぐに後ろから密着された。

 「俺だって本気なのに。陽大、結構後ろから抱っこ好きだよネ」
 「………おやすみなさいませ」
 「えー怒ったまま寝ないでー。マジで、陽大が邪魔なんて感じた事も無え。ちょーっと立て込んでるだけだから。夜じゃねえと捕まんないヤツも居るし。陽大に気ぃ遣わせて悪かったな。けど側に居て。直に全部落ち着くから」
 ちょっとだけ振り返ると、少しもふざけていない、やわらかい眼差しを見つけた。
 頬が火照る。
 どうしてそんな優しい顔で、俺を見てくださるのか。

 ぐるっと反転して、想いきってもたれかかり、いつもの場所に落ち着いて。
 「わかりました。おやすみなさい」
 「ん、サンキュ。おやすみ」
 額に軽く触れたキスに、何故か無性に泣きそうになりながら、更に先輩にひっついた。
 柾先輩は、気づいているだろうか。
 この時間の終わりが、近づいていること。
 学校の空気がもう何度目かわからない、不穏に揺らいでいること。

 俺はこの温もりを潔く手放せるだろうか。
 この時間が消えてなくなることに、耐えられるだろうか。
 あったかい想い出があるから平気なのかな。
 その時がこないとわからない。
 わからないけれど、平穏な時間の終わりが近いことだけはわかる。
 日毎に降り積もる、あなたを大好きな気持ち、俺はどれだけ伝えられるだろうか。
 せめて残り時間がわかったらいいのにと、温かい腕の中で目を閉じながら虚しく想った。



 2014.9.5(fri)23:51筆


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