90.降り積もってゆくもの
なんとなく目が覚めた。
1度寝たら、途中で起きることなんてそうそうないのだけれど。
パチパチと数回瞬きを繰り返して、まだ夜だよねぇと再び眠ろうとして、目が覚めた理由がわかったような気がした。
あの日からずっと、眠る時に必ず分け与えてくださる温もりが、側にないからだ。
目の前も、背後も、広い広いベッドの中には俺だけ、今夜は優月さんと満月さんもいらっしゃらない。
たっぷりとふかふかの冬用シーツや、ふわふわの毛布に包まれているのに、いちばん重要な人間暖房さんがいらっしゃらないものだから、急に寒さを感じた。
起き上がると、身体の中にまだ残っていた、長い指の感触まで想い出してしまい、ふるっと震える。
柾先輩なんか、甘えたの寝ぼすけでまんが好きの食いしん坊な上、ひっつき虫のくせに。
マロンさまシックなくせに。
優月さんと満月さんの良きお父さんでありつつ、3人でしょっちゅうふざけて遊んで、散らかし魔のくせに。
どこでスイッチが切り替わるのか、何がどうなっているのか、俺には見当もつかない。
ただ、いろんな表情を見せる先輩が、オフモードの時は意外な程におっとりなさっておられる先輩が、あのひと時にはどんな瞬間よりも凛々しく、男前度がピークになるのは、一体どういうカラクリなんだろうか。
いちばん、人が油断している時だと想う。
何も着ておらずごまかしが利かない、本能的で、身も心も素そのもので。
丸裸の状態が男前って、どういうことなんでしょうか。
いちばん油断している瞬間こそ男前、なんて意味がわからない。
しかも、俺に合わせてくださっている。
ほんとうなら、もっと速いのであろう展開を、ゆっくりと段階を追ってくださっている。
全く未経験者の俺でも、慎重に向き合ってくださっていることぐらい、わかる。
俺を怖がらせないように、過剰な程に気を遣ってくださって、ご自分のことは後回しで。
構わないのに。
大丈夫なのに。
柾先輩なら俺は、何をされたって後悔すらしない。
先輩の好きにしてくださったらいいのに、先輩はそれは違うと言う。
一緒にき、気持ちよくないとダメだって、意味がないって、無知の中の無知の俺と、ゆっくり距離を詰めてくださっている。
ひっつき虫の時はお構いなしのくせに。
柾先輩は、優し過ぎる。
ご自分が甘えたさんだと、人を甘やかすのもお得意ということなんでしょうかねぇ。
今日も途中で寝こけてしまった俺に、寝る前に着せてくださったらしいTシャツの上、そこらに放ってあった先輩のパーカーをはおって、ベッドを出た。
すぐ目についた時計の短針は、ちょうどてっぺんを差している。
まさかまた、こんな真夜中までお仕事なり勉強なりに励んでいらっしゃるのでは。
だとしたらお茶ぐらい差し入れたい。
どちらにいらっしゃるのかと御殿を探すまでもなかった、先輩はロフトの階段下、手すりにもたれかかるようにして、電話していらっしゃった。
俺を起こさないように気遣ってくださったんだろう。
こんな夜更けだからこそ、大事なお電話かも知れない、近付いたら邪魔になるかなぁ。
ベッドへ戻ろうかと逡巡していると、通話中の先輩と目が合った。
真面目な表情から一転、目元を綻ばせた先輩に手招きされる。
足音が通話の妨げにならないように、忍び足で近寄って。
もうちょっとで終わると言いた気な表情とジェスチャーに、こくりと頷いて、何となく堪らなくなって俺から抱きついた。
先輩の顔は見れない。
ふん、俺とてひっつき虫気分の時があるんです。
はっ、先輩のひっつき虫病が移ったのかもしれませんね、ああ恐ろしや恐ろしや。
そうしてひっついたはいいものの、顔は上げられないわ、それ以上は動けないわで、しまったと固まる俺を、ザ・器用な男前が片腕で抱きしめてくださって、やっと少しほっとした。
少しどころじゃないけれど。
あったかい格好をしているのに、やっと人心地ついたような、とんでもない安心感だ。
それにしてもこの人、どうしてこんなにあったかいんでしょうねぇ。
御殿の素敵ベッドにも余裕で勝る、温かさといい匂いと、この筋肉の固さよ。
このまま寝てしまいそうですねぇ、いや、自信を持って立ったまま眠れますとも。
2014.9.4(thu)23:39筆[ 707/761 ][*prev] [next#]
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