88.一方、スパイシーな電波も飛ぶ


 切られる覚悟は出来ていた。
 そもそも通じない、拒否される事も前提で。
 だが天は俺を見捨てず、ワンコールであっさりと繋がり、以前と何ら変わりない様子で応対された。
 いや、俺が望まれている訳ではなく、この電話の相手が天に守られているのか。
 俺がお前に勝った事など、唯の1度もないのだから。
 『もっしー?あ?繋がってんのか、コレ』
 呆としている内に、正常な電話かと訝しむ声が聞こえ、息を吐いた。

 「久し振りだな…昴」
 『何だ、やっぱ繋がってんじゃん。よう、秀平。悪ぃけどあまり時間無え。御用件は手短にお願い致します。何ならこっちから掛け直すけど?』
 俺がお前に勝つ日など、一生来ないだろうな。
 何ら遺恨の感じられない、飄々とした態度に嘆息するしかない。
 こっちは相応に緊張してんのに、被害者である筈のお前は何も気にしていない様だ。
 まるで何もなかったかの様に、いつも通り過ぎる。

 それ故こちらの未熟さが際立ち、完全に敗北者の悔悟へ落とされる、俺自らの手で。
 対するお前は指1本動かさず、誰より高みで遥かを見渡している。
 足元で苦しむ俺達など眼中にないかの様だ、王者は近くに居ながら遠く彼方の世界しか見ていない。
 良いさ。
 惨めに這いつくばってやる代わりに、俺は知っている。
 誰も隣に並べない、絶対的な存在であるからこそ、お前の孤独は想像を絶する。
 その永遠の恐怖に比べれば、俺の苦悩など大した事ではない。

 「俺は謝らない」
 『あぁ?』
 「卑怯だろう、それで良い。何1つ俺の為した事に悔いはない。間違った事をしたとも想わない。許しを請うつもりもない。先ずそれがこの通話の条件だ。気に入らないなら、今すぐ断ち切ってくれ」
 2度と相見える事もない。
 全て覚悟の上だ。
 しかし電話の向こうは、一瞬の躊躇いすらなく。
 『何言ってんのー?許しを請う請わねえとか、何の話?何かあったっけ』

 お前は…!
 お前の中では、多勢に無勢の卑怯な襲撃すらなかった事になるのか。
 とっくの昔に過ぎ去った、昔話だとでも言うのか、そんな記憶にすら留まらないのか。
 「…想像以上にタフと言うか、脳内も筋肉バカらしいな。もっと殴っとけば良かった」
 いっそお前の命さえ奪ってやりたかったさ、あの瞬間は。
 『あーあー、アレな!』
 やっと気付いたか、この無神経男は。
 必死に立ち回った俺達も、お前を助けた大介ですら滑稽な役回りではないか。

 オマケに喉を鳴らして笑う気配まで伝わってきて、もう良いと絶縁を口に出しかけた。
 『別に何でもねえ事だろ、俺が秀平ならそれこそ怒り狂ってる。立場が違えばお互い様だ。寧ろその件では感謝してるし?お陰で目ぇ覚めたからな』
 感謝してる?
 目が覚めた?
 冷静且つ器量の大きさが窺える言葉の数々に、嫌な予感しかない。
 そもそもそれを突き止めるべく、俺は直接お前に電話する手段を取ったのだから。
 

 「今日電話したのは他でもない。昴、単刀直入に聞く。てめぇ、何者だ?」

 
 電話の向こうでは怪訝な唸り声が聞こえる。
 構わずに疑念をぶつけた。
 「あの直後、陽大を襲った厄介なグループが一夜で壊滅した。お前は息も絶え絶えで大介に支えられて出て行ったが、その後すぐに別行動を取ったな。あの夜の噂は未だに火種すら消えてねぇ。最早都市伝説化した、久しく名前を聞かなかった『壱』が動いたというのが主説だ」
 『ぶはっ!何なの、その不良漫画みてぇなフザけた話っ!何、そのイチって。都市伝説化って!笑かすなよ!』

 ゲラゲラ笑い転げる声に、慎重に耳を澄ませながら、言葉を続ける。
 「それだけじゃねぇ。大介が反旗を翻した件に、あの海堂が介入してきやがった。子供同士の争いに家の事情を出すなど、まさかそんな大人げない事は為さらないでしょうと、ウチの一族に圧力があった。俺にはてめぇが全て絡んでる様にしか想えない。柾昴とは何だ?てめぇは何者だ。何を企んでやがる。いや、何でも良いが陽大を傷つけやがったら、今度こそタダじゃおかねぇ」
 いつしか、笑い声は消えていた。

 『秀平』
 威風漂う声に、名を呼ばれる。
 自然と背筋を正したくなる、気高い声音だった。

 『今までありがとう。俺は何様でも無えけど?俺は俺のやり方で大切な人を守る。見つけたから、ちいさな星を。ま、もうちょっと見守っててくんねえ?お前の手も借りねえと、陽大の事、守り切れねえからさ』
 よろしく頼むと。
 誠実な信頼が隠った言葉に、微動だにできず。
 いつの間に終わったのか、通話終了を告げる機械音をいつまでも聞いていた。
 ただ、いつまでも。



 2014.9.1(mon)23:54筆


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