87.銀いろ狼ちゃんの計算(8)


 俺は夢なんか見ない。
 昔からずっとそう、キラキラ輝く夢なんか見ない。
 見るのは悪夢と、あの夢だけ。
 日毎朧げになっていく、存在感だけが反比例して増していくばかりの「あの人」に、いつまで依存するんだか、我ながらウザイわ。
 けど、「あの人」ならこんな時、どーすんのかって。
 考えてると頭冴える気がするんだよね。

 ま、「あの人」がフラれるとか有り得無いけど。
 単独でもコンビでも、一節ではアノ「壱」に関わってるとか、とんでもなく名売れていながら実物ソレ以上とか。
 そんな人が俺みたいにダっセー状態になるワケないけど、「あの人」ならどうすんのかって考えたら、腐らずに済む。
 正直、全部どーでも良くなってるけど。
 全部捨てたって後悔なんかしない、清々するだけ。

 なのに今朝、はるるが泣いている夢を見た。
 夢なんか見ないのに。
 あぁ、ある意味悪夢ってヤツなの。
 夢の中でふわふわと想った。
 あの日、本気で怯えさせちゃったはるるそのままの姿で、本当は泣きたかったんだろう現実のはるるが、俺の前で泣いている。
 可哀想に。
 ごめんね、苦しめて。

 そんなにはるるが傷つくなんて、考えが浅かったね。
 はるるはいつも通りにしようと、弁当シフトとか頑張ってくれてんのに、ごめんね、俺が無理みたい。
 きっと俺を前にしたら、一生懸命、無理して笑うよね。
 2人になる瞬間があったら、はるるはまた、俺に謝ろうと心を砕くかも知れない。
 見たくないんだよ、そんなの。
 ごめんねと、夢の中で謝り続けていたら、急に場面が変わった。

 クソガキだった時代に戻った俺の頭に触れる、温かくて大きな手。
 振り返らなくてもわかる。
 俺の記憶では確かに正面からだったけどそこは夢、背後からに変わってる。
 「あの人」の手と、言葉。
 『大丈夫』
 他愛のない言葉なのに、何よりも心に響く、誰に貰うよりも安心する言葉。
 頭を撫でる優しさは記憶の中そのままで、夢と認識していながら妙に泣けた。

 『まだ、お前にできる事がある』

 んん?
 唯一、記憶違いの言葉を聞いた途端、目が覚めた。
 俺にできる事?
 起き上がったらもう夕方で、武士道がテリトリーにして、ほぼ俺専用になってる空き教室でいつの間にか寝てたと気付いた。
 寒っ!
 けど此所には、「そんな薄着でどこでもすぐ寝て!風邪引いても知りませんよ!」と叱ってくれたり、プンプンしながらブランケットを掛けてくれるはるるは居ない。
 俺が遠ざけているから。

 ため息を吐いて、煙草を銜える。
 頭にまだ、大きな手の感触が残っているようで、首を振って一蹴した。
 甘えた夢なんか要らねーよ。
 現実は非情だからねー。
 一服してザラついた気持ちを落ち着かせてから、傍らの机に置いた、空のタッパーを持って立ち上がる。
 最近、益々美味くなってる、はるるの料理。
 会ってない恋しさが募ってるワケじゃなく。
 
 荒廃した空き教室エリアを抜ければ、程なく、放課後を謳歌している一般生徒の居る教室棟へ出る。
 3年追い出し会も佳境だっけ?
 各クラスで盛り上がって、結構陽が傾いてんのに、居残りも少なくない。
 ブラブラ歩きながら、今日も下界に降りるかと。
 虚ろに想っていた所に、廊下の一角で固まっている生徒達の会話が耳に入った。

 ――…だって、絶対アヤシいよね…――
 ――…柾様の視線が違うもの…――
 ――…いや、前陽大こそ目ぇハートになっちゃってない?!…――
 ――…頬とか赤らめちゃってさー…――
 ――…七々原様を巻き込んでるのが卑怯!…――
 ――…アノ平凡、ホント調子乗り過ぎ…――
 ――…柾様も柾様だよーガッカリ!…――

 ガン見してたら、短く悲鳴を上げてバタバタと去って行った。
 何だろうねー。
 この所、ジワジワ広まっている噂の矛先は、またはるるに向いている。
 そして今度は、昴にも。
 俺にまだできる事があるって?
 どういう意味ですか。
 今更、何を。
 真相究明とか、そんなクダラナイ役割の事ですか。

 聞きたい相手とは一生会えない、それだけはわかっている。
 暗雲がこの学園の頭上に広がり始めてる事も。



 2014.8.31(sun)23:22筆


[ 704/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -