83.十左近先輩の気苦労日記(7)
ちょ、マジか。
何でだ。
何で俺を間に挟むんだ。
クマとウサギの着ぐるみ(頭部以外)に挟まれて、見つめ合いならぬ睨み合いに近い険悪なこの空気を、何故俺がまともに受けねばならんのだ。
気付かないフリで「卒業パーティー(3年生追い出し会)(笑)」と銘打たれた実に下らん、バカげたガイドブックに目を通すしかない、この辛さよ。
ああ、わかってるさ。
去年は俺らが中心になって「卒業パーティー(3年生よ永遠に)(失笑)」を取り仕切ったんだ、後輩共にやり返されんのは覚悟してたさ。
だってしょうがねぇだろ、先輩の権力振りかざしてきやがった目の上のたんこぶが居なくなるってね、そらーテンション上がった上がった。
中等部から苦しめられて来たこの縦社会、在学中、唯一!唯一!この生徒主催の卒業パーティー当日だけが学年の垣根を取っ払い、羽目を外して良い日と認定されている。
所古と組んで暴れたぜ、調子ん乗ったよ、あの日だけはな。
その分、正式な卒業式の日は粛々と大人しく挑んだ。
来年は俺らがやり返されるんだなって、しみじみ想いながら先輩方を見送った。
今年なんか見送ってくれやがるのは、柾と旭率いるバスケ部のギャング共が中心メンバーなんだぜ。
先輩方だって寧ろソレを気にして、「まぁ、来年は気の毒にな…頑張れよ…」っつってたぐらいだからな。
何が起こるやら恐ろしいの何のって。
しっかし早ぇよな、もうそんなシーズンか。
永遠にこの堅固な鳥籠の中、ふざけた茶番が続くのではないかと、うんざりしていた頃が懐かしいな。
うん、懐かしい。
だからさ。
所古も片前も、俺を間に挟んでピリピリ張り詰めてないで、今の間にその複雑な恋愛感情だか痴情のもつれだか何だかもう関わりたくねーから知らねぇけど、勝手に2人でやってろ。
俺は一切関係ねぇからな。
「片前よォ、お前の御主人様は最近どうなんだィ?」
やっと口開いたと想ったら、そんなシリアスな展開かよ!
そこは所古、男の情として踏み込んでやるなよな。
「どう、とは?所古様、曖昧な表現では貴方の真意こそ計りかねます」
つーか片前、受けて立つなよ!
「えぇ〜?わかんなぁい〜」っていつも通り、小悪魔だけどクールビューティーっつー複雑キャラでいけよそこは!
「学園にまた、不穏な噂が流れ始めてるからさァ。チビちゃんも柾も、最近妙に仲良くないかってねェ…まァ、双子ちゃんと連れ立って4人で居る姿をよく見るってェぐらいで済んでるけどなァ。それも以前はツレなかった柾が、今度は積極的にチビちゃんに絡んでるって話だねェ。穏やかならねェなァ…お前さんの御主人様に付ける首輪はないのかィ?」
ため息混じりにうんざり告げた、所古を、冷たい双眸が射る。
冗談じゃなく、寒気が走った。
一瞬の事だったが、本当に空気が変わったのを肌で感じた。
斬り捨てた。
俺の気の所為じゃない。
今、片前は身動きひとつせず、視線だけで所古を情け容赦なく斬り捨てやがった。
この冷気を、俺は知っている。
正しくは片前からではなく、その主、柾がふと見せる一面だ。
ぞっとした。
主が主であるなら、その従者も然りと言う事か。
所古と片前が長年、所古が遊び回る一方で強い絆で結ばれている様に見えていた、こいつらは何だかんだ最後まで添い遂げんのかと想うぐらいに。
それも本当なんだろう。
だが、今、あっさりと即断して斬り捨てたのも、本当なんだろう。
片前は身軽に動く、猫の様にしなやかだが、嘘だけは吐かないのだ。
この部屋は十分に暖められている筈なのに、芯から寒々となった。
「柾様に首輪を…?」
一切迷いのない瞳が、先程と変わらないテンションで細められ、緩やかに弧を描く。
「面白い事を考えられますね、所古様ったら!あの御方にどんな鎖もつけられるわけがないでしょう?渡久山様曰く野獣ですのに」
コロコロとおかしそうに笑っている、それを所古がどの様に見ているのか、俺には振り返ることもできずわからない。
「柾様のご意向を僕がどうこうできるわけがありません。あの方の想いはあの方のもの、僕に真意を知る由などない。人の気持ちを操る事など、誰にも許されていないのですから」
この話はお終いだと言わんばかりに、にっこり笑って、片前は先程から手がけている作業に目線を戻す。
言葉の真意を想像して、いやまさかと、これ以上は考えまいと俺は自戒の様に想った。
柾の心が、望みが如何様であっても、誠心誠意仕える事に変わりはない、と。
そう断言された様に感じてしまった。
まさか気の所為だろう、今は何時代だって話だ。
「………やれやれ…困ったねェ…真相がどうあれ、その通り、人の気持ちは止められないさァ。チビちゃんの更なるピンチも近いと言うのに…」
所古の嘆息が響く。
あぁ、厄介だな。
チビちゃんの平和はいつになったら約束されるんだ。
俺らの居る内に全て丸く収まらないのか。
残り僅かなこの時間、出来る事は何だ。
俺らは無力なままで、立ち去るしかないのか。
「ところで片前、さっきから想ってたんだけどよ。お前、さっきから何してんの」
「え?十左近様、逆に何だと想ってらしたんです?指編みですよ、指編み」
「「指編み???」」
「指で毛糸を編んでいるんです。指先を動かすと頭の体操になりますからね」
「「ヘ〜ぇ、巧いもんだ」」
掲げられた、指で編んだと言う割に立派な毛織物に仕上がっているソレを、所古と十左近で感心して眺めた。
片前は苦笑を浮かべている。
「僕の家は織物を生業の中心にしていますからね。僕達は沢山のヒントを『貴方達に』与えているのに、貴方達は誰も気付かない…『終わりは近い』のに…」
「「へ?何か言ったか」」
「いいえ、なぁんにも。どうかお構いなく!…その時まで…気付いた時はいつだって遅いんですよ。そう、いつだって…」
片前の独り言の様な呟きは、俺らの耳には全く届いていなかった。
ヤツの明るい表情を、そのまま鵜呑みにして。
その日が来るまで、俺らはただ無邪気で、我が事だけに必死だった。
2014.8.25(mon)23:37筆[ 700/761 ][*prev] [next#]
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