81.大きくて小さなワンコの遠吠え(8)


 1月が終わる。
 追い出し会までもうひと踏ん張り、だいぶ日が迫ってきた。
 ゆーとみーははるとを送って来るって、仕事が終わるなり仲良く飛び出して行っちゃった。
 あんなにはるとに引っついて、ぐいぐい引っ張って、はると、大丈夫かな。
 心配だったけど、おれの仕事、まだ終わってない。
 それに最近、親子みたいに仲良しの3人だから。
 なんとなく入りこめず、黙って見送った。

 ゆーみーは甘えんぼうだから。
 まだ子供だから、仕方ない。
 おれは2人より何ヵ月か年上だから、譲ってあげるんだ。
 仕事がちゃんと終わるまで、もっと頼って貰えるように頑張るんだ。
 こーちゃんとりっちゃんは、それぞれ別件の打ち合わせでいない。
 ガランとした生徒会室に、パソコン2台分の操作音が響いてる。

 人が変わったみたい、だな。
 手を止めて、つい最近まで派手でキンキラしていたのに、急に落ち着いた色に変わった髪を見る。
 こーちゃんの真似なのか、ダテ眼鏡をかけたひさしが、眉間にシワ寄せてパソコンに向かっている。
 椅子の上で膝を抱えるように座って、お行儀悪いのにマジメそのものの顔。
 どうしたんだろう、急に。
 ブームってやつなのかな。

 「ひさし。休憩、しよ」
 「んぁ〜?ん〜ーー…そーすけ、お先にどうぞぉ〜俺ぇ〜今ちょーどイイところぉ〜」
 「はると、ドーナッツ。食べちゃう。ぞ」
 パソコンの音が止まる。
 ほんとうに食べちゃうぞ。
 顔の前でひらひら、おやつにって揚げてもらったばかりのドーナッツ、うちわ代わり。
 ひさしの顔、しばらく迷っていたのに。
   
 「ん〜ーー…もちょっと頑張るからぁ〜お先に召し上がれぇ〜」
 はるとのドーナッツなのに?
 冗談か、やっぱり食べるって言うか、しばらく待ってみたけど。
 再開したパソコンの音は、しばらく止まりそうになかった。
 手にしたドーナッツ、ひとつだけ食べて、はるとがいっぱい用意してくれたミルクコーヒーを飲んで。
 それでもひさしは、ずっと仕事してる。

 「…ひさし。最近、頑張ってる。ね」
 邪魔になるかな。
 でも、聞かずにいられないぐらい、頑張ってる。
 それはどうして。
 ねえ、誰も何も言わないけど。
 はるとに告白するって話は、どうなったの。
 誰が、勝ったの?

 言葉にできない疑問で、ぐるぐるした。
 それをひさしは、あっさりと言葉にした。
 「まぁねぇ〜何つーかぁ〜フラれたら心境変わっちゃったんだよねぇ〜」
 「え。」
 呆然とする俺を振り返りもせずに、パソコンの音は止まらない。
 「はるちゃんにぃ〜頑張って告白したんだけどぉ〜ダメだったんだよねぇ〜。って、やっぱそーすけ、聞いてないんだぁ〜?」
 「聞いて、ない。誰も、何も。いつの間、に?」
 
 ひさしが微笑う。
 「先週の話だよぉ〜流石の俺も参っちゃったわぁ〜何となくはるちゃんはぁ〜幼馴染みだし俺に甘いしぃ〜妥協っつーのぉ〜?『悠なら仕方ないね。良いよ』って言うカンジででもノってくれると想ってたんだよねぇ〜」
 ダメだったって。
 どうしてそんなふうに、哀しい瞳で笑えるの。
 
 「ガチでビビられちゃってさぁ〜別に襲いかかってねぇのよ?ちょっとばかし近付いただけなのに、あ、すんげぇ〜怖がられてるってわかったんだよねぇ〜はるちゃん、元気そぉに見えるけどぉ〜あの事件からやっぱ、そう簡単に立ち直ってないみたいだしぃ〜」
 だから、と、ひさしが画面から目を離して、俺を見た。
 「強くなんなきゃねぇ〜俺、マジでしっかりしないとぉ〜ハンパにヘラヘラしてたら、はるちゃんの隣には立てないって、やっとわかったんだぁ〜」

 だから、頑張る。
 頑張ってる。
 認めてもらえるように、安心して寄りかかってもらえるように。
 生徒会も勉強も、日常生活も、できるだけ頑張るって。
 「ひさし…は、はるとの事、すごく、好き。だね」
 「そぉだよぉ〜本気だもん、俺ぇ〜はるちゃんだけはぁ〜ハンパにしたくないんだぁ〜甘えてばっかりじゃなくてぇ〜はるちゃんに甘えられてこそ男だもんねぇ〜」

 例え今、誰かと両思いになっても、はるとが他の誰を好きでも。
 未来には選んでもらえるように、今は頑張るんだって。
 こんなひさし、見た事がない。
 フラれた事を引きずらないで、同じ生徒会なのに、いつものひさしだったら絶対サボってる筈なのに、泣かないで頑張るんだ。
 「ひさし…良いこ。ね。よしよし。おれの、ドーナッツ。あげます」
 想わず盛り盛りじゃない、落ち着いた頭を撫でていた。
 
 「ちょ、そーすけ!止めてよぉ〜俺、泣くの堪えて頑張ってるんだからねぇ〜」
 「泣いても、いいよ。おれ、しか、いない」
 「マジ止めてぇ〜!何なのぉ、急にぃ〜!!ワンコの包容力なんか出さないでよぉ〜」
 「よしよし。ひさし、良いこ良いこ」
 「良い子じゃないっつーのぉ〜下心ありまくりだっつーのぉ〜」
 それでも頑張るひさしは、キラキラだよ。
 どうしたら良いかわからないまま、おろおろしてるおれとは、大違い。
 
 みんな、幸せになれないの?
 どうしたら良いの。
 どうしたらみんな、頑張ってる人みんな、幸せになれるのかな。



 2014.8.20(wed)23:57筆


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