79.凌のココロの処方箋(11)
俺はその時、少しばかり浮かれていた。
何せ後輩や友人を通り越し、弟どころか最早我が子に等しく可愛い陽大君と帰路に着いていたから。
長い1週間の始まり、憂鬱な月曜日の余韻すら吹き飛ばされるというものだ。
人気がなくなるエリアでやっと、いつも通り親しく言葉を交わす。
「久し振りだね、一緒に帰るなんて」
「はいー。凌先輩とタイミングが合って良かったです」
はにかむ様に笑う陽大君は、見た感じは元気そうだ。
けれどこの子はすぐ無理をするから。
告白大会なんてふざけるなと一蹴したかったけれど、一成が本気だから俺には阻止できなかった。
進捗がどうなっているか探るなど、無粋にも等しいだろう。
皆それぞれ、この子の事を本気で想っているから。
本気だからこそどんな馬鹿な真似もして見せると、暗に宣言しているのだから。
でも俺はやはり心配で。
無粋を承知で宮成先輩共々、コソコソと状況を探っている。
クラスでは合原君と九君が絶えず側に居る、陽大君が孤立しない事が救いだけど。
そもそも、昴だ。
彼奴しか状況を整理し、止められる人間は居ないのに。
いざとなったら頼る癖がついているこちらの情けなさを自覚しているものの、誰より先に逃げ出すなんて。
陽大君から想われてる人として、到底相応しくない行為だ。
今日へ至るまでの沈黙ぶりに、俺の怒りは煮えたぎるばかりだった。
「今日はあったかいですねぇ」と、傍らでふわふわ笑っている陽大君に頷き、微笑み返しながらも決意していた。
いや、たまたま所用で出向いた生徒会室、仕事終わりの陽大君と帰れる事になった時点で俺の心は決まっていた。
今日は離さないよ、陽大君。
問い詰めはしないけれど、先週末、真面目で誠実な君がふいに生徒会を休んだ事、ずっと気がかりだったんだ。
「何か」あったからでしょう。
例の大会絡みで何事か起こって堪え難く、休まざるを得なかったんだ。
すぐに駆けつけたかったのに、迫る3年生追い出し会の所為で、3年をターゲットにした純粋なものから不純なものまで、大小様々な事件を抑える為の対策が始まっている。
面倒で厄介極まりない。
好き勝手し尽くした先輩方(特にあの放送部部長&寮長コンビ)の警備など、自分で何とかしろとぶん投げたい所だけど、まぁそうもいかなくて。
気が気じゃなかったこの土日、いつ会えるかと気を揉んでいたらこの幸運だ。
聞く事ならできるから。
君が想い詰めない様に、今日は側に居る。
「あの…凌先輩」
ふと陽大君の足が止まった。
振り返ったら戸惑った様な、困っている様な、何とも言い難い表情で躊躇っていた。
「どうしたの、陽大君」
やはり聞いて欲しい事があるんだね。
君は優しいから、話す事で俺の負担にならないかと気に病んでいるんだろう。
大丈夫、俺は何でも聞くよ、最初からそのつもりだ。
そんな意味を込めて笑いかけると、頬を赤らめながら、意を決した様に顔を上げた。
「凌先輩にお話したいことがあって…その、お忙しいのは重々承知しておりますが、今から少しお時間よろしいでしょうか」
「勿論。忙しいなんてとんでもない、陽大君より大事な事なんて何もないよ。追い出し会の準備は順調だし、今日の俺はフリーなんだ。ゆっくり話せるよ」
ほっとした顔で笑って頷いている。
そう、この時まで俺は、大切な陽大君に頼られた事が嬉しくて、若干浮かれていた事を認めよう。
「え………」
爺やが陽大君と一緒に召し上がれと送ってくれた紅茶とお菓子があると、1度陽大君の部屋へ寄ってから招いた俺の部屋で。
俺は今、絶句している。
絶句するしかない。
幼等部から持ち上がって来た十八学園で、まさか自分は男と付き合わないだろう、ましてこんなチャラチャラした馬鹿っぽい人なんか絶対に有り得無いと想っていた、それが覆った時よりもっと驚いて、言葉を失っていた。
陽大君は俺の正面で、所在なさそうにおろおろと座り、顔を真っ赤にしている。
この可愛い子を。
可愛い可愛い俺の陽大君を、宮成先輩の兆倍でタチの悪いあの男が?
大会には不参加を表明し、「くだらねえ」とまで言い捨てた、学園では貞淑に大人しくしている反面、下界では無法状態、散々遊び回っている天谷悠の兆倍でチャラいあの男が?
陽大君を毒牙にかけ、浚ったって?
人が身動き取れず必死に働いていた、この週末の僅かな間に?
「………許せない………」
「えっ、凌先輩?」
「陽大君の想いが成就したのは非常に喜ばしい。だけどあんな男が陽大君の隣に…?勿体なさ過ぎる!しかもあの野獣、陽大君を、陽大君を、無理矢理泊めるとか…!!」
「あ、あの、無理矢理ではなくて、ですね…御殿、楽しかったですよ」
「楽しかったの…?そう…此所で笑っていると言う事は、無事に帰還していると言う事だものね」
「ぶ、無事…です、はい…」
かーっと更に赤くなる陽大君を目の当たりにして、俺は怒りで燃え上がる想いだった。
この反応を見る限り、流石の馬鹿も最後まで致していないだろうけれど、でも!
「あのチャラチャラ野獣…どうやって息の根止めてくれようか…許せない…結婚するまで俺の陽大君を穢す事は許せない…」
「し、凌先輩?」
「陽大君!君もあの野獣に良い様に言い含められている場合じゃないからね?良い?学生の間は学業第1!簡単にキスでも何でも許しては駄目!!さもないと男はすぐ付け上がって自分のモノ気取りになるんだからね?!君と昴に関しては、手を繋ぐ程度で何とかセーフだよ」
かかかーっと陽大君の頬が燃え上がる。
「あの、実は、今日もお約束していて、その…」
道理で荷物が多いと想ったよ!
今日は夜通し語り合えるのかと期待した、俺が愚かだったという事か。
「金、土、日、月…4連夜お泊まりとか…」
「す、すみませんっ。あの、ちゃんと勉強道具は持参しました。柾先輩に教えていただこうと想って…」
勉強道具を見せてくれる、陽大君の開いた鞄の中には、料理のタッパーらしきものも見えていて、その甲斐甲斐しさにいっそ泣けてくる。
「陽大君………」
「は、はいっ」
華奢な肩にやんわりと手を置く。
「俺は君の味方だよ。君の想いが叶った事は祝福する。相手が他ならぬ昴だからね、これから困難な事や、陽大君の気持ちも揺れ動く事が多々あると想う。俺はそれを支えたい。力になりたいんだ」
だが、しかし。
「野獣最大のプライベート・テリトリーにこんな可愛い陽大君を黙って送り込む訳にはいかない!俺も同行するから!」
益々保護者気分が増長した。
2014.8.17(sun)22:37筆[ 696/761 ][*prev] [next#]
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