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玄関を出て、辺りを用心しながら、業務用エレベーターに乗りこんだ。
エレベーターはすぐに目的地へ到着する。
早いなぁ。
「じゃあな、陽大。また後で」
また、後で?
首を傾げると、朝礼って微笑われて、今日が月曜日であることを想い出す。
そうだ、生徒会があるんだ。
「はい、また後ほど…先輩、お気をつけて」
「ん。陽大も」
扉が閉まる。
下の階へ降下していく表示を目にし、すぐに踵を返した。
業務用エレベーターから自室へ向かう、柾先輩がていねいに説明してくださった道程を歩きながら、ちいさく息を吐いた。
夢のような時間だった、な。
あっと言う間の3日間だった。
今もまだ、夢の中を歩いているようなふわふわした心地だ。
頭を撫でるのがご趣味なんでしょうか、つい先ほどの温もりが残っているのが、かろうじて夢じゃないことを教えてくれる。
俺の足音だけが響く廊下を歩きながら、白々と明けてきた空を見た。
これから何がどうなるかわからないけど、頑張ろう。
できることをひとつひとつ頑張って、柾先輩が幸せを感じられるように、少しでも笑っていただけるなら、どんな道も厭わない。
この先の不安ばかり考えないで、今を見つめていよう。
さぁ、帰ったらすぐ、今日の仕度をしなくっちゃ。
お弁当は心春さんと穂さんの分だけでいい日だから、冷蔵庫のアレをアレしてちょちょいのちょいで。
朝ごはんはどうしましょうねぇ。
朝礼があるから、しっかりエネルギー補給しておかなくてはだけど、おおっと、時間割もまだ用意してませんよ!
柾先輩は大丈夫なんでしょうか。
あの人、優雅に朝ジョギングしている場合ではないのでは?
心持ち急ぎ足になりながら、自室へ戻った。
「3年生を追い出す会もとい労い会が近付いているのでー各自最後まで気を抜かず取り組む様に改めて注意喚起したいと想います。後、朝晩の外出は雪害に気をつける様に。俺からは以上!あ、先輩方、いらっしゃいましたね。前半は聞かなかった事にして下さい」
「「「「「柾…」」」」」
どっと笑いが起こった後、各委員会からの連絡事項の確認があり、朝礼前のミーティングは終わった。
お元気そうでよかった。
溌剌と話した後、体育委員会と雑談なさっておられる姿を、生徒会の末席から拝見しながら不思議な気分だった。
なんだかいつもに増して、キラっキラのアイドルさまオーラが凄まじいですねぇ。
制服を着ているお姿が新鮮に見えるなんて、なんなんでしょうか。
十八学園の冬服が、ほんとうによくお似合いですこと。
おっとっと、お茶を片づけなくちゃ。
各席にお出ししたカップをせっせと回収していたら、ふと顔に影が差した。
「陽大」
「ふわぁ?!び、びっくりした…な、何ごとでございましょう?」
「ふわぁって。人を化け物みたいに」
いつの間にワープなさったのか、柾先輩が近くに来られていた。
急に緊張して、心臓が騒いだ。
「し、失礼いたしました。ちょっと考えごとで上の空だったものですから」
「どういたしまして。これ、運動部の来期予算リスト。ちょっと預かっといて」
「あ、はい。俺でいいんでしょうか」
「んー。今日中に目ぇ通しといて。で、放課後持って来て」
「承知しました」
クリアファイルを受け取る時、かすかに指が触れた。
動揺しないように、平静を保つことで必死になった。
どうしよう。
これは大変です。
今まで以上に大変かも知れない。
「てめぇら、そろそろ始まるぞー!移動すんぞー」
「「「「「はーい」」」」」
業田先生のお声が聞こえて、はっと顔を上げる。
「俺らも行こー」
「は、はいっ」
ぎゅっと書類を抱えながら、ぞろぞろと連なって歩く皆さんの後を追った。
柾先輩は飄々として、他の先輩方と談笑しながら前を歩いておられる。
「「お母さんっ」」
「優月さん、満月さん」
俺の左右には、男前同盟の大先輩たちが並んでくださった。
ひーちゃんは日景館先輩や、無門さんと一緒に欠伸をしながら歩いている。
「「ねえねえ、お母さん?」」
「何ですか」
左右から可愛いお顔に覗きこまれた。
そっくりで愛らしいキャッツアイが、くるくるっと楽しそうにきらめいている。
「「お母さん、今日いつもよりかわいーね!」」
「へっ?!」
何かいいことがあったんだろうと、左右から小突かれ、じゃれられながら。
想っていた以上に、多くの試練が待ち受けているのだと、自分で招いていることながら、俺はひとり実感していた。
2014.8.13(wed)23:52筆[ 691/761 ][*prev] [next#]
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