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あったかいなぁ。
抱きしめられたまま、どうしたらいいのかわからず、額だけ頑丈そうな肩に預けていた。
すぐに離してくれるだろうと想っていたら、流石ひっつき虫の先輩、固定したままぎゅうぎゅうで。
俺など抱きしめても、何も面白くないでしょうに。
む、まさかこの人、またおネムじゃないでしょうねぇ。
実は寝てたりするのではないか。
そろっと目を上げたら、しっかり起きてるお顔を目の当たりにして、慌てて顔を伏せた。
かすかに頭の上で空気が動いた気配がして、より深く腰を引き寄せられる。
先輩のぼう、甘えんぼうの寝ぼすけ。
心の中で呟きながら、ふうとちいさくため息を吐いた。
まだこのままなのかな。
それとも、そろそろ離れる?
もうちょっとこのままでいるなら、俺も先輩に触れていいのかなぁ。
そんなこと許されるだろうか。
所在なく気をつけ状態だった手を、こそっと動かしてみる。
いや、でも、触れた途端に拒絶されたりしてね。
自分からは触れるけど、人には触れて欲しくないとか、いろいろあるじゃないですか。
先輩がそうだったら、怖いな。
大好きな人に嫌がられたら、触るなって言われたら耐えられない、かも。
オロオロしている内に、ぎゅうぎゅうのまま、時間が経っていく。
他所さまはどうしていらっしゃるものなのだろう。
学校や街で見かける恋人さんたちは、皆さんとても自然に寄り添っていらっしゃるのに。
俺は何も知らない。
柾先輩はどうしたいのかな、何を望んでいらっしゃるのかな。
わからないことだらけ、未知の世界は怖いけれど。
触れてもいいなら、すこしだけ触れていいだろうか。
このあったかい人に触れてみたいなんて、過ぎた望みだとわかっているけれど。
ダメだったら、すぐ離すから。
意を決して、恐る恐る、気をつけ同然だった姿勢を変えた。
先輩の広い背中におっかなびっくり腕を伸ばし、シャツの裾辺りに指先で触れて、そろっと摘んだ。
気づいたのか偶然か、その途端、更にぎゅうっと抱きしめられ、息が止まりそうにヒヤリとなった。
やっぱりダメでしたか?!
焦って離そうとする、けれど責められる気配はなく、大きな手の平に背中を撫でられる。
片方の手ではよしよしって、撫でるみたいに髪を梳かれた。
何でこの人は、こんなにあったかいんだろう。
「あ。あとさぁ」
「はいっ?!」
急に呼びかけられてびっくりすると、心地いい腕の中に閉じこめられたまま、コツリと額が合わさった。
「俺の前で泣くの我慢しなくて良い」
唐突に言われた。
言われた途端、素直に目元が熱を帯びた。
「俺、は、年を取ってから涙もろく…っ、いろいろと動揺してるだけなんですっ」
「うん。理由は何でも良いから。いーじゃん、泣きたい時があったって。男だからさ、我慢が美徳っつーのはあるけど。真っ直ぐ立てない日もあって当然だし、俺ら子供だし。陽大は俺の側で何も我慢しなくて良いから」
頭を撫でる手が、言葉が、眼差しが大きくて。
こっくりと何度か頷きながら、どうにか言った。
「せんぱい、も」
「ん?」
「柾先輩も、俺の側で我慢しないでください、ね」
「うん。ありがとう。我慢してないよ。えっちぃコト以外」
「…前言撤回します…そ、そちら方面はずっと、我慢してくださいませ」
「えー何で。そこは歩み寄ろうぜ。『今は』我慢するし手加減するけどー未来はわかんねえじゃん。陽大のが積極的になってるかもな?あ、いーなー未来の積極的な陽大」
「ぐぬぬ」
「ぐぬぬって」
笑う先輩が楽しそうで、俺も笑うべきなのに何故か目が潤む。
「俺は、いつもはこんなことで泣きゃしないんです!」
「はいはい。陽大が男前なのはよく知ってるよ」
「栄えある男前同盟員ですので!」
「うん。つーか前から想ってたけど、何その同盟。この俺が知らないサークル活動でもあんの?お前、いつの間に何に所属してんの」
「ふっふん、先輩の知らないことだってあるんでございます」
じゃれ合う会話が、この和やかなひとときがいつまでも続けばいいと、哀しく想った。
2014.8.11(mon)16:44筆[ 689/761 ][*prev] [next#]
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