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一緒にいたいって。
せっかく言ってくださったのに、俺は素直に頷けない。
この部屋は居心地がいい、ひっつき虫の先輩の側は緊張するけれど、あったかい。
だけど。
「柾先輩が、」
「俺が?」
「ほんとうは、1人になりたいんじゃないかなって想って…」
どうしてもしどろもどろで、俯きがちになる俺の頬に、大きな手が触れる。
優しく上向かされた、見上げた目はもっと優しかった。
「俺はそんな事言ってない。そう見えた?」
「えっ、と、その、何かとお疲れさまですし、生徒会とか、いろいろお忙しいから…ゆっくり休まれたほうがいいと想って…ご迷惑おかけしたくないんです」
もぞもぞ呟く俺の頼りない言葉を、静かに聞いてくれる。
「陽大が迷惑なんて想った事もない。今疲れてないし、何の予定もない。俺は陽大と一緒に居たいよ。陽大は?疲れた?1人になりてえ?帰りたいなら、無理させたくないから引き止めない。送って行くよ」
聞いてくれた上で、真摯に返してくれる。
恐らく、本音を。
先輩は言葉通り、嘘を吐かない人なんだろう。
こんなふうに誰かと言葉を交わすのは、初めてだ。
秀平たちも武士道も、周りは皆、俺のためだと引いてくれた。
ここまで話すことはなく、お互いにどこか遠慮があって、その時々でどちらかが引いた。
話す前に自然にそうして避けて、それがいいと想ってきた。
先輩は、俺がほんとうのことを言うまで、引いてくださらない。
昨日から変わらない。
それなのに優しく感じるのはどうしてだろう。
決して責める口調ではなく、正面から合う視線は穏やかで、やわらかく淡々としている。
いつまでも待ってくれる。
俺の本音を、拙い言葉を、ずっと待っていてくれる。
こんなのすごく困る。
言ってもいいのか、嫌われないか、すごく考えてしまう。
だけど、先輩はちゃんと本心を伝えてくださっているのに、俺は?
待ってくださっている人を前にして、逃げるのか。
いつもの楽な関係を望むのか、この人に。
じわりと心の中に焦りが生まれる。
嫌だ、この人にだけは何も嘘を吐きたくない。
本音で接してくださるこの人を、裏切りたくない、信じたいし信じて欲しい。
俺は今、どうしたい?
緊張はこうしている間にも続いている。
まだ落ち着くことはできないけれど、でも。
この人のことをもっと知りたい。
もっと、柾先輩の側にいたい。
そんなこと、口に出してもいいんだろうか。
俺なんかがほんとうに、先輩の近くにいることを望んでいいんだろうか。
こんなに間が空いてしまったのに、今更、返事をしていいものか。
見上げた瞳は揺らがず、優しい光を宿して、俺を見つめていた。
「…せんぱい、と…」
「うん」
「い」
「い?」
「いいい」
「ん?」
「いっしょ、にいたい…です。まだ、帰らなくていいなら、帰りたくない、です…」
随分、時間をかけてやっと言った、熱い顔が、にっこり笑顔を間近に見て更に熱くなった。
「うん。一緒に居よう。まだまだ帰さない」
ぎゅっと抱き寄せられて、ソファーの上で慌てふためく。
すっかり覚えてしまった、柾先輩の大人っぽくも甘いような、いい匂いとあったかさに、何故だか泣きそうになる。
頬は燃えそうに熱いまんまだ。
2014.8.10(sun)23:06筆[ 688/761 ][*prev] [next#]
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