70.ほんとうの気持ち


 意外にのんびり屋さんなんだなぁと想った。
 柾先輩の休日は、平日と同じように予定でいっぱいという、勝手な印象があったから。
 学校でこれだけ大注目で人気者さんなんだから、外でもあちこちからお声かけられて、お友だちもたくさんいらっしゃるだろうし、大忙しなんだろうなぁって。
 朝から晩までパーティー三昧とか、喧嘩道では負け知らずさんだし、やんちゃなこともいっぱいなさっておられることだろう。

 俺とは全然違って、華やかな休日を過ごされている筈って、ずっと想いこんでいた。
 けれど、どうでしょう。
 お昼ごはん前にひっつき虫で寝たと想ったら、ごはん後ものんびり、まったーり。
 お言葉通り極寒だった、憧れのサンルームの他、御殿のもろもろを案内してくださった時間も挟みつつ、先輩のベースキャンプはやはりリビングらしい。
 無理からぬお話です、このソファーはほんとうに座り心地一ツ星級ですからね。

 ソファーだけではなくて、リビング全体に穏やかな空気が満ち満ちている。
 元気いっぱいで豊かなグリーンが目立つ観葉植物たちの存在や、ちゃんと暮らしの中に溶けこんでいながら素敵でもある、インテリアが華を添えているのも要因のひとつだろう。
 けれど、何だろう。
 ひとさまの御宅、まして御殿なのに、このゆるやかな空気の温かさは、床暖房だけが編み出しているものではない。

 緊張はずっと消えないけれど、居心地がいい。
 のんびりゴロゴロ、ソファーに自由気侭に寝転がっていらっしゃる先輩を、ちらっと見る。
 俺の膝はいつから御殿主さまの枕に指定されたものでしょうか。
 こんなにひっつき虫の甘えたさんで、のんびり屋さんは見たことがありませんよ。
 日頃お忙しいですからね、御殿ではオフモードってやつなんでしょうが、それにしてもしかし意外です。
 男前は寛いでいても男前、それこそ驚愕の事実ですけれども。

 柾先輩おすすめのお料理漫画から目を上げ、ふと遠く離れた壁にかかった時計を見る。
 視力良好でよかったですねぇ。
 見なくても、ベランダ側から窺える日の陰りで、もう夕方なのはわかっておりますが。
 オフモードはオフモードで、元々のんびり屋さんなのか、今日がそもそものんびり日だったのか、定かではないけれど。
 俺に、合わせてくださっているのかな。

 そんなふうにも想えて、いい加減、腰を上げなければとお昼頃からずっと想っていた。
 貴重な休日の邪魔になっていないだろうか。
 ほんとうは推測通り、たくさんの予定があったのに、俺の所為でキャンセルになっていないだろうか。
 俺がのほほんとしているから、合わせてくださっているだけではないのか。
 優しい人だから、さり気なく気遣ってくれているのでは。
 いずれにせよ、もう帰らなくちゃ。

 こんなに長い時間、お邪魔してしまった。
 ずいぶんお世話になってしまった。
 お約束もしていなかったのに、けれどそう気づいていながら、どうしてもお名残り惜しく、居心地がよすぎて、自分から言い出すべきなのに先輩から言ってくれないかと期待もあった。
 俺ったらほんとうにダメダメだ。
 だって、次はいつこんな時間を持てるのか。
 そう想うと、もうないかも知れないひとときから、離れられなかった。

 「…いけません」
 「ん?」
 想わず口に出ていたらしい、きょとりと目を上げた柾先輩と視線が合う。
 イケメンは寝転がっていても超絶イケメン。
 数々の標語が生まれた昨日と今日、男前同盟員として、お腹はいっぱいでございます。
 「いえ、何でもございません。先輩、あの…」
 「なに」
 男前は腹筋で身を起こすもの、日常の動作ひとつ鍛えるためのメソッドなんですねぇ。

 「そろそろ、俺、お暇しなければ…その、すみません。長々とお邪魔してしまって、先輩のご予定も省みずに失礼いたしました」
 「ご予定なんてご大層なもんは無えけど。どうした、改まって。陽大が謝る事ないし。つか帰りてえの?」
 「えっ…と、あの…もう日も暮れて参りましたし、先輩のご迷惑になりますし…」
 「俺は陽大と一緒に居たい」

 まっすぐな瞳で、ケロリと言い放つ。
 俺はガチーンと固まるしかなかった。
 どうしてこんなにも、この人は真っ向勝負なんだろう。



 2014.8.9(sat)23:59筆


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