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 むっと引き結んだ唇が、同じ言葉をちいさく繰り返す。
 「先輩のぼう。こんな甘えんぼう、見たことありませんったら、まったく…武士道でもここまでのひっつき虫はいなかったのに」
 「ウン。俺、ぼう。ひっつき虫。それはいーけど、折角一緒に居るのに他の奴の話なんかするなよ。俺に集中して欲しいなー」
 やんわりと独占欲を伝えると、瞬時に熟れた林檎より赤くなった頬に、してやったりと口角が上がった。

 ただの本音だ。
 より硬く強張った身体を抱き込みながら、華奢な肩先で目を閉じる。
 こんな甘えたも引っつきたがりも見たことがない、と。
 いきなりここまで懐かれたのは初めてだと、彼は戸惑っている。
 それは周りが遠慮していただけに他ならない。
 いきなり距離を詰めないでくれと、バリアを張る彼に気圧されて、時間をかけただけだ。

 自分とて無理強いするつもりも、心の中に無理に上がり込むつもりもない。
 彼の負担にならないように気をつけるが、過分に顔色を窺ったりしない。
 時間が惜しい。
 ゆっくり距離を詰めるのも愉しいだろうが、それよりも今隣にいる、恋人として触れていい時間がどれ程得難いものか。
 彼を目の前にしながら、あくまで1先輩としての道を違えずに堪えていた重みを知っているだけに。

 また、彼の遠慮は慎み深さと、自信のなさからきている。
 過ぎる程に優しい彼は、周りを常に立て、己は1歩引く。
 それが課せられた役目だと、個性の強い面々に囲まれてきた経験からか、自然に諦める。
 優しい故に。
 その強張りを解きたいと想う。
 いつも笑っている彼が、ほんとうに無理なく笑えるように、1番の理解者で在れたなら。

 時間は、命だ。
 一瞬一瞬が命でできている。
 かけがえのない時間だからこそ、彼と過ごす瞬間に手をこまねくわけにはいかない。
 生き急ぐつもりはない。
 距離を縮めた後、彼が自分の側でこそ心から安堵して過ごせるようになれば、その時はゆったりと自分達らしい日々を刻んでいけば良い。
 そう願っている。

 「はーーー何か眠くなっちった」
 「え、ちょぉっ」
 「ふーーー極楽極楽」
 昨夜と同じように、膝の上へ寝転べば奇声を上げられたが、気にせずにどこか憮然とした膨れっ面に触れた。
 「陽大のほっぺた、マシュマロみてぇーふっわふわー」
 「な!前は大福だと仰られてましたが!」
 
 春先の戯れを即座に想い出す、まだムクれたままの表情に笑む。
 そうだ。
 これまでの時間が、触れ合いが無為であったわけではない。
 互いにその時々のベストを尽くしてきた。
 そうしてこの想いは育まれ、今こうして過ごしているのだ。
 温かいお湯で身を癒しているように、満ち足りた気持ちがふつふつと胸を埋める。
 
 「マシュマロも大福も良いよねーあー…マジで眠ぃ」
 「まったく、先輩ったらムニムニもちもちがお好きなんですね。それはそうと、平日頑張っておられる分、お疲れさまなんですから。お昼ごはん前のお昼寝なさったらどうです」
 「んー…いーねー。陽大も一緒に寝よ」
 「なんっ」
 抵抗は聞き入れず、腕を引いて、自分の身体の上に横たわらせた。
 すぐに態勢を整え、抱きしめて横になる形へ落ち着く。

 「んー、極楽極楽」
 「…俺は温泉ですか…」
 「温泉より効き目あるっつの」
 「お言葉ですが、温泉の方が断然!素晴らしいと想います」
 「いやいや、何を仰られますやら。陽大様ですよ?」
 「いやいや、だから俺ですよ?」
 
 じゃれ合う会話の心地よさに、優しい微睡みが混じる。
 意識を落としている間に、彼が居なくならないように。
 眠りに落ちる寸前の力を振り絞って、しっかりと抱きしめた。



 2014.8.6(wed)23:59筆


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