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 と、ついさっきまでいつも通り、先輩と俺らしい会話をしていたのに。
 「陽大」
 低い吐息が耳をくすぐる。
 名前を呼ばれる度に、泣きそうになった。
 先輩に呼ばれると、俺の名前じゃないようだ。
 今は特に、優しくて、甘い響きに聞こえる。
 俺の名前なのに、どうして。

 今度はさっきの息もできない荒々しさとは違う、でも昨日みたいに触れるだけじゃない、何度も何度もキスされて、身体の芯から溶けてなくなってしまいそうだと想った。
 いつの間にか背中に差し入れられた枕と、先輩の腕がふんわり受け止めてくれて、不思議な感じだ。
 逃げ場がないのに怖くない、だけどドキドキしっ放しで。
 そう、心臓は相変わらず騒いでいるけれど。

 怖くない。

 ちゅっとキスが耳や首筋に移って、くすぐったさと気恥ずかしさで身を竦める。
 握ってくれた手に、想わず力が隠る。
 それを宥めるように、甘やかすそうに優しく、大きな手が応えてくれる。
 柾先輩は、怖くない。
 こうして半身を起こしたままの体勢も、ゆっくりと触れているのも、上に覆い被さらないのも全部、この人が優しいからだって。

 俺は知ってる。
 あの時のこと、先輩は忘れていないんだ。
 忘れていないから、気遣ってくださっている。
 それが1番、涙を誘った。
 昨夜が平和だった一因だろうか。
 俺は柾先輩じゃないから、この人が何を想っているかほんとうにはわからないけれど、包みこむように握ってくれている手で、薄々わかった。

 お気持ちに応えたいのに、応えられない。
 じっとしているしかできない、恥ずかしいばっかりなんて。
 「ん、あ…せんぱい…」
 そればかりか、上の服を脱がされるだけで情けない声になった、俺を先輩は熱の去らない瞳で穏やかに見つめた。
 「大丈夫」
 「んっ」

 耳元を掠める声にもいちいち震える。
 長くて熱い指が、大きな掌が、自分の、男らしさとはかけ離れたつまらない身体をなぞるように触れていく。
 大袈裟なぐらい身体が揺れた。
 お腹の中に火が灯ったみたいだ、身体中冷たいところなんてないけれど、特に熱を感じる。
 柾先輩は怖くないのに、不可思議に変化していく自分が怖い。

 「え、やっ…やだ、ですっ…そこは、」
 こんなの、嘘だ。
 胸に落ちた先輩の髪が肌をくすぐる。
 さらさらと揺れて、水音が聞こえる。
 「ど、して…せんぱい…ひぁっ」
 男だから、まるで何の役割も果たさない、ただの皮膚の一部に過ぎなかった、そこに触れられて動揺するしかない。

 驚きと困惑が走る。
 何よりも恥ずかしいのは。
 せり上がってくる、感じたことのない熱だ。
 これは何?
 俺はどこへ流されていくんだろう?
 片方を指で触れていた手が、更に下がって腰を撫で上げられ、大きく身震いした。

 ここに繋ぎ止めてくれている手がなかったら、逃げ出していたかも知れない。
 時間をかけて、やっと顔を上げた先輩を見るに見られず、視線を下げたら。
 こんな状態など生まれてこの方、見たことがない。
 両方の突起が腫れたようにふっくりと膨らんでいるのが目に入り、ほんとうに居たたまれなくなった。
 お腹の中の熱もますます膨らむばかりだ。

 息吐く余裕もなく、戻ってきた先輩が、触れるだけのキスをたくさん、雨のように降らせてきた。
 額から瞼、目元、頬、鼻先、口元、唇、耳たぶに、そっと触れるだけなのに、忘れられない熱い感触を刻まれていくようだと想った。
 それは顔だけでは終わらなくて、首筋、肩へと下りていき、腰元まで舐められて、爪先が反り返りそうになる。
 はっきりと意思を持った、ただ触れているだけじゃないキスだと、何となく想った。

 俺は為す術もないまま、また戻ってきた柾先輩の肩に縋るしかなくて。
 あったかい先輩が、もっとあったかい。
 肩先でどうにか呼吸を整えていたら、抱きしめられたかと想うと、程なくして脚が先輩の膝に乗り上げた。
 両脚の間に、先輩がいる形になる。
 


 2014.8.3(sun)18:44筆


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