61


 一先ずお水を1杯いただきましょうねぇ。
 お台所に向かい、よりどりみどりでどれを選んでも悔いのないグラスの中から、丸いフォルムがやさしいグラスを選び、お水をいただいた。
 全室、浄水器完備の十八学園寮だけれど、こちらの御殿のお水はまた、我が家と違う気がしますねぇ。
 グラスと御殿効果だろうか。
 とにかく美味しい。

 お水で潤ったところで、きょときょと辺りを見渡した。
 何か温かいお飲みものもいただいてよろしいでしょうか。
 ああ、だけど勝手がわからない御殿のお台所、主人がご不在ですのに家捜しするなんて恐れ多いことでございます。
 引き下がろうとしたら、パーカーのポケットにいつの間にか入れられていたらしい、携帯が震えた。


 『件名:ご案内

 冷蔵庫ん中に林檎ジュースあるから飲んでいーよ。
 美味いから。

 真ん中のキャビネットの下にミルクパン有り。
 それであっためたら更に美味い。

 追伸:夜、また雪降ったみてえ。
 うっすら積もってる。』


 あらまあ、お可愛らしいマロンさま絵文字満載のメールだこと!
 マロンさまに釘づけになりつつ、内容にも目がらんらんとなった。
 ホット林檎ジュースってやつですね?!
 わかります、わかりますとも。
 冬の朝はフルーツジュースも温めて飲むべし。
 お勧めいただいた通り、お台所の秩序を乱さぬように目的のものだけ取り出し、沸かさないように気をつけながら温めた。

 ほっこりした重みと存在感ある、素敵な和風のマグカップに注ぎ入れ、ほくほくとリビングへ向かう。
 すっかり気に入ってしまったソファーに座り、ひとくち飲んでじんわり。
 甘酸っぱさが中和されて、まろやかな甘みになった林檎ジュースは、冬の朝に凍える身体の中をじんわり通っていった。
 落ち着きますねぇ、癒されますねぇ。
 
 柾先輩にお礼のメールを送信してから、しばしのんびりタイム。
 満ち足りたため息を吐きつつ、朝ごはん、どうしようかなあって考えた。
 折角、立ち上げてくださった、マロンさまパソコンで検索してみようかなぁ。
 何かいい献立が閃くかも知れない。
 お恥ずかしながら自分の過去のブログもね、見返すと意外にアイデアの一端になったりするから。

 あの男前さんは、雪がうっすら積もるような寒い朝ジョギング後、何を召し上がりたくなるだろう。
 半分ほど飲んだ林檎ジュースを手に、パソコン前へ移動する。
 マロンさまどアップが俺に微笑みかけてくれる朝、なんて幸せなことでしょう!
 お可愛らしいなぁ、ほんとうに。
 写真だけでこれだけの愛らしさ、実物はもっともっと、とんでもなくお可愛らしいに違いありませんね。

 目を細めながら、ネットサーフィンしていたら、いつしか没頭していたようだ。
 「ただいまー」
 おっと、遥か彼方の玄関から、御殿の主人がお戻りになられた物音とお声が聞こえてきましたよ。
 ネットの恐ろしいところですね、時が経つのがあっと言う間!
 ほてほてと玄関に向かったら、上がり口でスポーツウエアを脱ぐ柾先輩がいらっしゃって、何となくほっとした。

 「おかえりなさい」
 「ん。ただいま」
 やっぱり御殿には御主人さまがいらっしゃいませんとね。
 ほんの数10分と言えど、宝の山の留守を預かるのは緊張するのでございます。
 男前にはお山の冬将軍さえも太刀打ちできないのか、うっすら汗をかいておられる、その運動内容をくまなくご教授願いたいものです。

 「林檎ジュース、いただきました。とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」
 「どういたしまして。あー良い汗かいた〜シャワー浴びて来る」
 「お身体冷やさないようにお気をつけください。お洗濯もの、預かりましょうか」
 スポーツウエアを抱えたら、やんわりと奪われた。
 「サンキュ。けどいーよ。全部あっちにあるから、持ってく。あ、陽大、土産」
 「まぁまぁ、なんだかいい匂いがすると想ったら!お構いなく、身の安全を優先していただいたらよろしいですのに」

 購買の紙袋をばさっと渡され、焼きたてパンの香りにテンション上がるやら、心配になるやらで忙しい。
 柾先輩はお強いのだろうけれど、朝の1人歩きの危険さはわかるから。
 「だいじょーぶ。用心してたし」
 「それならいいですけれども。こちらは後ほど一緒に召し上がらせていただけたら幸いでございます。はっ、こうしている間にも汗で冷えますね!いってらっしゃいませ。あったかくしてくださいね」
 あ、まただ。

 昨夜と同じくバスルーム方面へ去って行かれる先輩を見送った後、大切ないただきものをそうっと抱えながらリビングへ戻って。
 熱を帯びている頬をやっと押さえた。
 可笑しそうにふわっと微笑う、やわらかい眼差し。
 昨日から何度、目の当たりにしたことか。
 「バカ笑いでいいのに…」
 想わず呟く。

 俺相手にそんな優しいお顔、逐一見せてくださらなくてもいいのに。
 胸が、苦しい。
 口許が情けなく緩んで、はっとなって、パソコン画面に広がるマロンさまを見つめた。
 いけない、いけない。
 俺は、最後まで笑っているんだ、絶対に。
 いつお別れになってもいいように、今から強く心を保っていなければ。

 ネットサーフィンを再開しつつ、先輩も後で林檎ジュースを召し上がるだろうかと、ふと想った。
 用意しにお台所に行こうかな。
 シャワーだったらそんなに長く入っておられないだろう。
 む、お土産はどうやらパンのようだけれど、朝ごはんは洋食にしたほうがいい展開?
 朝ごはんとして召し上がるパンか、それは開けてからのお楽しみ?
 
 うーん、でもこのグルメブロガーさんの人気レシピ、和風あんかけオムレツがとっても美味しそう、朝ごはんはこれで決まりって想ったばっかりなんだけれど。
 うんうん悩んでいる内に、男前は仕事が早い。
 「あ、陽大。ニュースだけ見せて」
 シャワーからご帰還なさった先輩が、いつの間にか背後に立っておられた。
 まだ何にも決まってませんけれどと想いつつ、ニュースってネットニュースだろうか、でしたら席を空けなければ。

 と、振り返りかけた、背後から伸びてきた右手がマウスを奪った。
 もう片方の左手は、俺を囲うようにデスクに置いている。
 朝からひっつき虫さんですか。
 しかし飲みものが必要でしょうに、シャワーから上がりたてなんだし、俺がお台所までひとっ走りしますよ。
 「柾先ぱ、」
 い?!

 腕の中で見上げた先輩のお姿に、俺は息の根を止められた。



 2014.7.29(tue)23:04筆


[ 678/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -