60.短くて、でも長い朝


 あったかいなぁ。
 ふわふわのぬくぬくだ〜。
 いつまででも眠っていられる、気持ちいいぬくもりといい匂い。
 よくお洗濯された匂いと、もうひとつ、なんだか安心する匂いにすっぽり包まれて、もそもそと幸せな寝返りを打ってみたら。
 あら、こっち側は寒々しい?

 反対側は急に冷え冷えとしたから、もう1度回転、無事にあったかい場所へ戻ってきた。
 このまま、おふとんの国の子になる。
 こんなに素敵な微睡み、なかなか得られるものではありません。
 もうちょっと、もうちょっとだけ。
 たぶんいつもと同じ起きる時間になっている、だけどこのぬくぬく感には抗えない。
 そうそう、確か今日は土曜日、学校はお休みの筈!

 ぎゅっと目を閉じて、ぬくもりに向かって引っついて、おふとんか毛布か何かだろうと想いながら、ぎゅうぎゅう抱きついた。
 あら、このあったかいおふとん、抱きしめ返してくれる機能つき?
 ハイテク&ハイカラですねぇ。
 「ははっ、陽大、くすぐったいって。ぐりぐりすんなよ」
 しかもくすぐったがり?
 
 ようし、そういうことならと、更にすり寄って頬でぐりぐりしてみた。
 「ふはっ、くすぐってぇ。はいはい、よしよし。わかったわかった」
 ぽんぽん、とんとん。
 頭を撫でて、寝かしつけるように背中も撫でられ、優しい感触にうっとりして、より一層眠りの世界へカムバックアゲイン!
 危うい2度寝の直前、さっきから鳴り響いてる心の奥底の警報が、にわかに大きくなり、ぱちっと目を開いた。

 おふとんや毛布に抱きしめ返してきたり、頭や背中を撫でる機能なんて搭載しているわけがない。
 ましてくすぐったがったり、音声を発するわけがないじゃありませんか。
 まだあの猫型ロボットでさえ、完全体がご登場なさっていない時代ですよ?
 例え宝の山御殿であっても、そんなものは存在しない。
 では俺は一体、何に抱きついているのか。

 恐る恐る顔を上げたら。
 「あれ、起きんの陽大。おはよ」
 「ふなあああっ!!」
 どアップ!
 朝からどの角度から見ようとも完璧な男前のどアップ、そしてやわらかく微笑まれ、想わずずざあっと寝たまま後ずさった。

 「ふなあって…!あっぶな、陽大。いくらバカサイズのベッドでも端はあるから。寝起きで転がり落ちて頭打ったら大変じゃん。こっちに寄ってな」
 はわわわぁぁぁ!
 折角遠ざかった男前さまは、何ともはや紳士でどこまでも男前、落ちかけた俺を寸前で抱き寄せて救出、そのままぎゅっと抱きしめなさったものだから堪りません。
 寝起き早々、キャパオーバーでございます。

 「まだ寝る?早ぇし」
 「おお、おおお…」
 「おお?」
 「お、起きまする…おはようございます、柾先輩。寝起き早々、取り乱してしまい申し訳ございません」
 「どういたしまして。おはよう」
 
 それにしてもこの御方、何たるあったかさでしょう。
 この安心する匂いも、柾先輩だったんだ。
 素敵なベッドのぬくぬくおふとんや毛布よりも、あったかくていい匂いで、ずっとこのままでいたい。
 なんて、俺はほんとうに世界一の贅沢者だ。
 もう大丈夫ですからと、そそくさと間を空けたら、俺の頭上で先輩は楽しそうに微笑ってらっしゃった。

 朝からご機嫌さんですねぇ。
 男前は寝起きもいきなり通常モードというか、元気いっぱいというか。
 「陽大、寝るのも一生懸命なのな」
 「…はい?」
 「寝顔。一生懸命すぅすぅ寝てた。寝惚けてる時はにこにこして、赤んぼみてぇだった」
 俺は朝から脱力しっ放しでございます。

 ぬうう、男前の寝顔、1度でいいから拝見したかった。
 絶対の絶対に俺のほうが早く起きる自信があったのに。
 連れ立って洗面所に立ち、顔を洗って歯を磨いて、この雪辱は朝ごはんで晴らさん!(朝ごはんまではご一緒してもいいよね?)と、ひとり燃えていたら。
 「陽大、俺、朝ジョグして来るから」
 朝ジョグ?

 首を傾げている間に、先輩は寝起きとは想えない機敏さで、お洒落部屋着の上から防寒仕様のお洒落スポーツウエア上下を着用なさって、俺の頭を撫でた。
 「30分ぐらいで戻って来る。それまでのんびりしてな。2度寝しても良いし、冷蔵庫ん中飲み物揃ってるから、何でも好きに飲んで良い。メシは後で一緒に食お。電話持ってくから何かあったらすぐ電話して。あ、お前、朝にPC触る習慣あるんだっけ?」
 手を引かれるままにロフトから下り、連れて行かれたのは広大なリビングの窓辺の一角。

 りんごマークの大きなデスクトップパソコンが、これまたお洒落な黒いスチールデスクの上に君臨されておられた。
 柾先輩が起動のボタンを押すと、程なく目を覚まし、画面いっぱいに現れた偉大なお姿に俺は一気にテンション上昇、歓喜の声を震わせた。
 「マ、マロンさま…!先輩、マロンさまがこんなに大きなお姿で…わぁ、こちらのアイコンではぴょんぴょんマロンさまが!お可愛らしいっ」
 
 朝からお可愛らしくも尊いお姿を拝見できるなんて、こんな幸せなことがありますか!?
 あっていいんでしょうか。
 「かわいーだろーこのマロンさまパソコンで遊んでていーから。ネットはこれな」
 「わぁ、矢印もマロンさま!なんてお可愛らしいカスタマイズ!」
 「じゃ、行って来る。冷えるから何かあったかいもんでも飲んでな」
 釘づけになっている俺の頭を、またぽんぽんと撫で、さらっと立ち去る柾先輩を慌てて追いかけた。

 「ん?どうした」
 玄関先で振り返った先輩が、不思議そうなお顔になる。
 「いえ、あの…いってらっしゃい。寒いしまだ暗いので、お気をつけて」
 もごもごと締まりない挨拶を告げ終わらない内に、先輩は破顔した。
 「んーサンキュ。陽大もな。寒いからあったかくしてろよ。いってきます」
 「はい、いってらっしゃい」

 パタンと扉が閉まる。
 夏場だけじゃなく、こんな真冬でも朝ジョグだかトレーニングだか何だかを欠かさないのだろうか。
 男前は人知れず努力を積むものなのか、いえ、柾先輩は純粋に身体を動かすのがお好きそうだけれど。
 スタイルなど見た目維持のためじゃなくて、体育祭から考えても運動大好きそうだ。 
 真の男前とは?と朝から熟考しつつ、ふうとため息を零した。

 柾先輩がいなくなった御殿の中は、しんとして、床暖房が効いてあったかい筈なのに冷え冷えとして見えた。



 2014.7.28(mon)22:57筆


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