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 俺がパニックになっている内に、柾先輩は腹筋を使って起き上がられ、俺の手を引き、トレイを片づけにお台所へ立ち寄られた。
 「は、話が違うと言いますかっ、そのっ」
 「話が違う?何が〜元々そんな話してねえじゃん」
 「何と言いますか、俺はですねっ、あの素敵なサンルームで寝るのを楽しみにしており!」
 「サンルーム?あそこ暖房効かねえし、明け方なんか極寒だぜ。春まで待ちな〜」
 
 話している間にも、テキパキと各所の電気や戸締まりを確認して回っておられる。
 「う…極寒…?」
 「そ。ほぼ外だからな、アレ。今時分、昼でも凍えそうになるし」
 「うう…星空の下なのに〜。はっ、それならば第2希望がよろしゅうございますっ。さっき座ってたソファーで、あのブランケットお貸しいただければ円満解決!」
 「もう床暖切ったから、リビングも寒ぃけど」

 なんと!
 お言葉通り、ポカポカだったリビングにうっすら冷気が漂い始めている。
 床暖房の偉大なる力には頭が上がりませんねぇ。
 「陽大、着替えとかこの中入ってんの」
 「え、はい」
 コートラックの側に置いたままのスポーツバッグを指し示され、頷くと、ひょいっとまた肩に担がれた。

 「じゃ、持ってくな」
 「いえいえ、お待ちくださいませ!わかりました、では1度自室へ戻って、おふとん持参して来ますので!」
 「何だそりゃ。それ泊まる意味なくね」
 「あの素敵なソファーさまで休めるのでしたら、大した手間ではございませんとも!」
 「まーな、確かにアレ、ベッドにもなるけど」
 「でしょう?!俺の目に狂いはなかった」

 どうです、ほら見たことか。
 鼻高々になっていると、先輩が階段を上がっていて、俺も上がっているのに気づいた。
 まさか、こちらは!
 「柾先輩、まさかこの秘境で毎日お眠りになっておられるのですか」
 「ふはっ、秘境って。眠いのに笑わせんなよ。探検ん時見た?」
 「はい、ちらっと拝見してしまいました。階段が部屋の中にあると想って…」

 上り切った先には、大きなベッドがどーんと置いてある寝室スペース。
 「いーよな、ロフトって。秘境で。陽大、こっち洗面所」
 「ほう…こちらが噂のロフトってやつなのですね。わぁ、おふとんフカフカな気配!毛布もあったかぬくぬく?」
 「うん。後でね」
 「あらまー!先輩、先輩、こんなところに洗面所が!寝室の奥に洗面所とシャワールームまでも完備?!ロフトってすごいんですねぇ」

 「キラキラしてんなー。はい、陽大の歯みがきセット」
 「わぁ、高級ホテルのアメニティみたいですねぇ、ありがとうございますー」
 ふむー、ロフトの備え付けにしては、立派な洗面台ですこと。
 こんなところまでお洒落なタイル張り、2人並んでも平気な広さ。
 どこもかしこも探検し甲斐のある、見所満載の御殿ですねぇ。

 シャコシャコとていねいに歯を磨いてから、俺はご機嫌さんで洗面所を飛び出し、いかにも寝心地よさそうなベッドの周りをうろうろした。
 どこから潜りこんだらいいのやら、右か左かはたまた真ん中か、悩みどころですね。
 程なくして柾先輩がやって来て、俺がまだ迷っている内にパーカーを脱がされ、ベッドに追い立てられた。
 そんなにおネムさんなんですねぇ。

 「陽大、先に入って」
 「はいはい、喜んで…わぁ、上掛けも毛布もシーツもふっかふっかであったか〜い!」
 「冬仕様だから」
 もふっともぐりこんだベッドは、それはそれは素敵な寝心地で、優しく俺を迎え入れてくれたのだけれど。
 心地よさに目を細めてゴロゴロしたのはほんの束の間だった。

 後から入ってこられた柾先輩に、また背中から密着されて、俺はようやく長かりしフワフワした夢心地気分から目を覚ましたのでありました。
 「ちょ…っとお待ちくだされ。いつの間に一緒に眠るお話になって…?」
 「んー…?んー」
 俄に緊張して、血の気が引いた。
 俺など超初心者ですのに、この状況は非常によろしくないのでは。

 『据え膳食わぬは男の恥!』と、大きなフォントが目の前を何往復もよぎる。
 『お互いに覚悟して』って、俺は、そんなつもりじゃ。
 そんなつもりと言うか、うっすらと、ほんのうっすらと、恋愛経験豊富な友人知人の話を聞いたりして、凌先輩や心春さんからも柾先輩の遊び人伝説をお伺いしたこともあり、しかしながら今日とか!
 でも、すぐ終わる恋ならば、今日がその日になるのだろうか。

 友だちとお泊まりしたことはあるけれど、こんなに密着して、ベッドの中で2人っきりなんてことはなかった。
 柾先輩は、友だちじゃない。
 ぎゅっと目を閉じた俺の頬に、ちゅっと唇が触れて。
 「電気消すなー。何かあったら起こして。おやすみ、陽大」
 え?!と目を開いた時には、ロフトスペースを照らしていた灯りは消えて、まっくらな中、先輩の寝息が聞こえた。

 ほっとしたのと同時に、不思議に胸がぎゅうっと苦しくなった。
 『男の部屋まで来て何もないとか(笑)呼んだ方も来た方もどっちの神経も疑うよ。マジで興味ないんだったら有り得るけど』
 記事の一部分が、鮮明に浮かび上がる。
 興味ないなら有り得る事態が、有り得てしまったんだ。
 俺に何の魅力と言うか、惹きつけられるものがないから。

 わかっていたけれど、怖かったから安心したくせに、身勝手に寂しい気持ちになった。
 眠れないかも知れない。
 夏からずっと好きだった人が背中に引っついていて、その人の匂いに包まれるようにあったかいベッドの中にいる。
 枕が変わったら眠りにくいしと、ため息を吐いた。
 けれど俺は、全身を包みこむ温かさと、規則正しい寝息に誘われるように、いつの間にか目を閉じていた。



 2014.7.27(sun)23:25筆


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