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 こんな初心者に対して、何と恐ろしいことでしょう。
 数々の男前スキルの発動だけで手いっぱいだと言うのに。
 キ、キスにも種類があるなんて、俺などが知ってもどうしようもない知識だと想われます。
 男前スキルの幅広さに、ただただ圧倒されるだけです。
 ぼうっとしている内に、柾先輩はすっかりご機嫌さん、鼻歌混じりで俺を解放し、端っこへ座らせたかと想うとぉっ!
 
 「な、ななな…!」
 次から次へ何ということでしょう。
 「はー極楽極楽」
 俺のお腹に引っつくようにぎゅうっとしながら、人の膝を枕代わりになさっておられる。
 極楽?!
 柾先輩の極楽レベルの低さを激しく疑います。

 「俺はまったりしてるんでー陽大君も好きなように過ごし給え」
 この状態で好きなようにせよと。
 けれども膝の上で目を閉じている柾先輩を眺めていると、動揺も反感も失せていった。
 お疲れさまで大変な御方だから。
 御殿にいらっしゃる時ぐらい、自由にノビノビとお過ごしになるべきだ。
 俺は1人の客人に過ぎませんからね、御殿の主人の意向に反するわけには参りません。

 しかし見事なスタイルの良さ、足が果てしなく伸びて長いったら。
 それでもはみ出さないぐらい、大きくてゆったりしたソファーに、次第に緊張感も薄れていった。
 怒濤の展開すぎて、次に何がきても最早驚きますまいと言った心境だ。
 「先輩、ご本拝見してもよろしいでしょうか」
 「ん?んー」
 あら、もしかしたらこの御方、おネムさんじゃないでしょうねぇ。

 ちらっと見下ろしてから、近くに広げられていた雑誌を、膝の上の頭を落とさないように気をつけながら手に取った。
 ふぅむ、これまた大人のデキる男が読むようなお洒落カルチャー雑誌、高校生の俺には遥か遠く手の届かない世界のものだけれど、柾先輩にはとってもお似合いだ。
 広告ページも海外のハイブランドばかりですねぇ。
 先ず普段手に取らないであろう雑誌だけに、非常に興味深く読み進めた。

 わー時計特集!
 格好いいなぁ、メカニック万歳。
 お値段には目ん玉飛び出そうですけれども、素直に格好いいものはいい。
 なんですって、「HOTEL KAIDO」のプチ特集もあるではありませんか。
 これは最後のお楽しみにしましょうねぇ、寧ろ切り抜きが欲しいでございます。
 ほっほう、メイン特集は大人の流儀?

 仕事から衣食住、カルチャー、恋愛まで各界の著名人が語るですって。
 ふむふむ、これは勉強になりますねぇ。
 実に興味深く読み進めていたら、恋愛の項目で固まった。
 『初恋は実らない。だから美しい』。
 大きなタイトル文字が目に飛びこんでくる。
 ベストセラー作家が、新作の小説に合わせてインタビューに応えているページだった。

 初恋は実らない。
 やっぱり実らないんだ。
 そうなんだ。
 作家さまの長年の経験から、力強くも繊細な言葉で綴られるインタビューと、新作小説の一部抜粋を読みながら、心にぽっかりと大きな穴が広がっていくようだった。
 初恋が、柾先輩でなければよかった?

 そういう問題ではない気がする。
 そういうことじゃない、元々、実る筈のなかった恋なんだ。
 ぼんやり噛みしめながらも、どこか納得していた。
 実らなくて当然なんだと、初恋だから、最初から無理のある恋だったから。
 それなのにこんな穏やかな時間が持てただけ、俺はとても幸せ者なんだ。
 
 ぼうっとしながら惰性で次のページをめくって、目が覚めた。
 『据え膳食わぬは男の恥!シチュエーション別SEX指南〜結論:迷わずイけ!〜』って。
 これこそ俺にはまだまだ早い、大人すぎる!
 あわわとページをめくっても、また同じテーマのくり返しで、しかも。
 『男の部屋まで来て何もないとか(笑)呼んだ方も来た方もどっちの神経も疑うよ。マジで興味ないんだったら有り得るけど。お互い覚悟して行くべきでしょ。それがマナーじゃない?』

 ファッションデザイナーという肩書きの御方が、ドヤ顔で発言してらっしゃる記事を目の当たりにし、想わずバサバサっと雑誌を揺らしてしまった。
 マ、マナー?!
 お互い、覚悟?!
 大人の世界って大変なんですね。
 俺はまだ子供でよかったです。
 
 お部屋に遊びに行くぐらい、ねぇ?
 こうして和やかに1日を終えることだってあるんですよ。
 何でも一概には言えませんとも。
 ごはん食べて、おやつもいただいて、のんびりして、それでいいじゃありませんか。
 うんうんと無理矢理1人で納得して、別のご本に切り替えようかと雑誌を閉じたら、目を閉じていたはずの柾先輩と、ばっちり目が合った。

 「陽大」
 「は?!はいっ」
 動揺で声が上擦る俺に、柾先輩はおっとりと欠伸をなさって。
 「マジ眠ぃ〜やべぇ。ちょっと早いけどもう寝よっか。陽大の探検の残り、明日にしな」
 「はぁ…御殿主さまがそう仰られるなら従いますけれども。では、恐れながら本日の寝床の希望を申し上げてもよろしいでしょうか」
 
 その途端、欠伸で潤った瞳が俺をきょとんと見つめた。
 「何言ってんの。一緒に寝るだろ」
 「はい…?」
 「何で別々に寝る設定になってんの。俺のベッドにしか布団無ぇし。寝床の希望って、何処で寝るつもりだよ、この真冬に」
 予定が違うのですが!



 2014.7.27(sun)22:36筆


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