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 背中が、背中があったかい。
 腰が、お腹まわりのホールド感が、なんだかこう、安心する。
 けれど胸板の厚みとか、腹筋とか、モコモコのパーカー越しにもうっすら感じて、がっしり絡まったいかにも男らしい腕にも、居たたまれなさを感じた。
 ふわっと香る、お風呂上がりのいい匂いに、心臓が騒ぎ始める。
 どうしたらいいのかわからない。

 ふっと左肩に重みを感じ、想わず視線を向けたのが悪かった。
 ごく淡々とした表情の柾先輩が、俺の首筋に顔を埋めていて、目が合ってしまった。
 どうしたらいいのかわからないにも程があります。
 「あのっ…どうにか離していただけたら幸いでございますっ、アイス、アイスが…っ」
 「ヤダー離さねえ」
 だだっ子?!
 大きなだだっ子がここにいます!

 拗ねたようなお顔でますます力を強められ、首筋には吐息を感じ、発火するんじゃないかと想うぐらい顔に熱が集るのがわかる。
 「せせせ先輩っ」
 「ヤダっつってんじゃん。諦めな。俺が引いたら陽大は遠慮しっ放しになるだろ。折角2人で居るのに勿体無え。今日は離さない」
 「今日は」の一言に、急に緊張感が萎んでいった。

 今日は、か。
 明日はないんだ。
 その後は、もう終わり。
 夢を見るのは今夜だけ、あと少しだけなんだ。
 「…アイスをいただくので、もうちょっと緩めて欲しい候」
 「承知致したで候。流石は陽大様、潔し」
 「ふっふっふっ」
 
 笑って返しながら、今日だけかぁと心は塞いでいた。
 いけませんね、今日だけでもたくさん、嬉しい気持ちを味わわせていただいたのだから。
 こんな美味しいアイスクリームを前にして、贅沢ばかり望んではいけません。
 2口3口と食べ進めながら、あれ?と気づいて、テーブルの上のトレイと手にしたアイスクリームを何度か見比べ、恐る恐る左肩を振り返った。
 「柾先輩は召し上がらないんですか?もしかしてこちら、先輩の分では…」
 「ん?んー俺も食う」
 「へっ」

 ぱくって。
 ちょうどすくいかけていた、アイスクリームが乗ったスプーンを持つ手ごと、先輩の口許に運ばれた。
 またもや顔に血が上った俺に、更なる追い討ち!
 「冬のアイスっていーよねー。もう一口ちょーだい」
 あーんって。
 あなたは雛鳥ですか?!
 
 「ごっご自分でお召し上がりくださいませっ」
 「ヤダ。じゃー要らない」
 何と言う!
 何と言う我が儘っぷりと言うか、甘えたさんっぷりと言うか。
 ぷいっと横を向いて、拗ねたようにぎゅうぎゅう引っつき、人の肩に顔を埋めている。
 「…先輩の、ぼう」
 「あ?棒?」
 
 「こんな甘えたさん、見たことありませんよ。先輩のぼう!甘えんぼう」
 「うん、俺ぼうだーダメダメだー」
 何とあっさり認めて、ぐりぐりと肩先に頭をこすりつけてくる、こんな甘えんぼうさん、ほんとうに初めてですとも。
 ひーちゃんでさえ、初めて会った当初ははにかみ屋さんで、武士道だって最初は遠慮して、にゃんこさんがゆっくり慣れるように歩み寄っていったものを。
 いきなりお腹丸出しのわんぱく子犬さんのようだ、この人は。

 普段は張り詰めているだけに、御殿の中では気が緩むということだろうか。
 俺がいるから、緩んでくださっているのだろうか。
 なんだか、格好いいばっかりで、時折笑い上戸病の先輩しか知らなかったから。
 お可愛らしいと感じてしまうのは、これ如何に。
 「仕方ないですねぇ…御殿に招待していただいたお礼もありますし、俺1人で味わうには勿体のうございますからね。はい、あーん」
 「あーー」

 まったく人は底知れない。
 む?!
 これも男前スキルの1つなのか。
 ギャップ萌えにも程がありますよ、高レベルすぎますよ。
 イケメン、恐るべし!
 心のイケメンメモが容量いっぱいになったところで、アイスクリームを無事に完食した。
 
 「大変結構なごちそうを賜り、誠にありがとうございました」
 「いえいえ、とんでもないことでございます。お気に召していただけたなら何よりでございます」
 「お気に召しすぎたでございます。美味しゅうございました」
 「ん?陽大、ほっぺた両方押さえてどうした」
 「いえ、お気になさらず。冬アイスってとっても美味しいながら、口の中も冬になりますねぇ」
 
 冷え冷えだーと、頬を押さえていたら。
 えっ?
 頬を包んでいた手ごと、大きな手に包まれて、上向かされた。
 顔に影がかかる。
 「先、っ」
 唇に少しひんやりした感触が、触れたと想ったらまた離れて。
 咄嗟に、何でしょうか急にと、抗議しようとした声は、侵入してきた舌によって喉奥へ戻っていった。

 え?
 え?
 ええっ???
 「んぅっ…ふ、…っあ」
 甘い。
 甘くて、熱い。
 「甘ぇ。マジで冷たくなってんな、陽大」
 
 面白そうに微笑ってる。
 してやったりみたいなお顔を、いたずらっこそのものの悪いドヤ顔を、俺は口許を手で覆ったまま呆然と見上げていた。
 キスが、舌で、え?
 なにごと。
 なにごとが今、起こったというのです。
 今ひとつ理解できず、遅れてぶわあっと赤くなるしかなかった。



 2014.7.27(sun)20:38筆


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