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 見事な食べっぷりのおかげで、ぜーんぶきれいに完売となった。
 あれが美味しい、これも美味しいとモリモリ召し上がってくださりながら、他にこういう調理や組み合わせもあるとか、スパイスや薬味の加減とか、ためになるお話をたくさんしてくださった。
 貴重なお時間をいただけて恐悦至極でございます。
 おかわりを用意したり、お話に前のめりになって耳を傾けながら、意外とリラックスしている自分が不思議だった。

 約束の時間まで用意して待っている間、緊張でどうにかなりそうだったのに。
 これも素敵でお洒落ながら、アットホーム感漂うお部屋の力?
 食事中だったから?
 昨日まで、いや、今日のお昼までずっと考えもしなかった距離感だ。
 有り得なかった現実が、今、有り得ている。
 まだ実感がないから?

 ずっと、諦めなきゃ、忘れなきゃって。
 俺は柾先輩の隣に並んでいい人間じゃない、今も信じられない。
 でも俺の手を取ってくれた。
 追いかけて来てくれたんだ。
 時折かすかに腕が触れる、すぐ隣で一緒に用意したごはんを食べて、こんなに近くで目を合わせて言葉を交わして、笑い合って。

 もう十分すぎるぐらい、幸せだ。
 ほんとうに起こっていることだって、信じられないけど、幸せなんだ。
 だから俺は、どんな終わりが待っていても受け入れなくちゃならない。
 たくさんの人たちのお顔が、何度も想い浮かんだ。
 柾先輩のことを好きな方々、俺に想いを打ち明けてくれた方々、見守ってくれている方々、皆さんに隠れるようにいつまでも、俺だけが幸せを味わうことなんてできない。

 ただ、少しだけ。
 もう少しだけ、望んでもいいだろうか。
 永遠に続く時じゃない、すぐ終わること、終わらせなきゃいけないことはわかっている。
 柾先輩は優しいから、俺から手を離さなければ。
 あと何ヵ月?
 何週間?
 数日にも満たない時間となるだろうか。

 誰のことも邪魔したくない、なるべく皆さんには笑っていて欲しい。
 今、隣にいてくださるこの人にも、幸せになって欲しいから。
 あと少しだけ、側にいることを許してください。
 間近に迫る終わりのこと、絶対に忘れないから。
 もしかすると、多忙な柾先輩と一緒に過ごせるのは、今夜が最初で最後かも知れないと、どうしようもなく心が冷えた。

 今日たまたま、お仕事が立てこんでいなかっただけだもの。
 すごくラッキーだったんだ、俺は。
 この幸運っぷり、宝の山御殿にご招待されたところからも伺える。
 大切にしなきゃ。
 一瞬一瞬が貴重で、大事な宝ものだ。
 それにしても柾先輩ったら、お片づけも洗いものもチョチョイのチョイ、お手のものなんですねぇ。

 料理の話だけじゃなく、今日1日のできごとを話しながらの洗いものは、なんだかいつも以上に楽しかった。
 先輩のリードで手際よく片づけた後は、お名残惜しいお台所から移動、来た瞬間から憧れていたソファーに座ってていいとお許しが出た。
 太っ腹ですねぇ、上に立つ人間は器が大きいということですね。
 ドキドキはらはらしながら腰を下ろしたソファーは、馴染んだ革とスプリンがやわらかく受け止めてくれる、想像以上に極上の心地よさだった。

 こちらに永住したい!
 絶対に無理だと身の程は承知ですけれども。
 このソファーさまの上だけで結構ですから!
 極楽浄土の如き心地よさに、俺もこんなソファーが欲しいと想った。
 加えてこのクッションさんたちも、何というフワフワまふっと感、ぎゅうっと抱きしめると尚よし!
 今夜の寝床はサンルームの長椅子さまも捨て難いけれど、こちらでも構いませんとも。

 ソファーに夢中になっていたら、御殿のどこかへ姿を消されていた柾先輩が、何やらトレイを抱えて姿を現した。
 「んな端っこに座らんでも」
 「この端っこが特等席でございますから!」
 「まぁいーけど。ん。メシのお礼に食後のお茶とアイス」
 なんですって?!
 瞬間的に目の色を変えたのですが、しかし。
 
 近いです柾先輩。
 端っこをディスっておきながら、何故、端っこに寄ってこられるのか。
 ぎゅうぎゅうなんですけれども。
 俺、ほんとうに端っこに座っていたから、このままだと肘掛けに乗り上げる勢いですが。
 はっ、「俺の特等席に一見風情が座るなんざ良い度胸だな…」ってやつですか。
 実はお気に入りの場所だから退け、ということですか。

 俺が空気を読むべき場面なんですね?
 わかりました、慎んで辞退しますとも。
 コの字方のこの巨大ソファー、端っこはあと3箇所もありますからね。
 クッションもいっぱいありますしね、このチェック柄の子、気にいっちゃいましたけれど御殿の主人に譲りますとも、それは当然でございます。

 「陽大、アイス食わねえの。腹いっぱい?」
 ひとり納得し、腰を上げかけた俺は相変わらずぎゅうぎゅう詰めてくる先輩の発言に、ぱっとテーブルの上を見て目を疑った。
 あれは食堂伝説の超レア中のレア商品、食堂大ファンの仁さまが饒舌になったほど美味な、「濃厚ヴァニラアイスクリーム・ゴールドラベル」さまではありませんか!



 2014.7.26(sat)23:45筆


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