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あらまあ、ホカホカしていらっしゃること!
まだ半乾きの髪をこれまた上質な雰囲気のふんわりタオル(紺色無地というのが高級感溢れ出ているけれども、よもや「HOTEL KAIDO」の手がける「K-HOME」ラインじゃあないでしょうか!)で拭いながら、実にさっぱりスッキリした顔をなさっておられる。
まさか、これが柾先輩のお家モードってやつなんでしょうか。
タオル同様に上質な、うつくしいカッティングでほどよくゆったりした黒いTシャツに、濃いグレーの細かく目の詰まったスエットは、このまま外出されてもまったく違和感ないとお見受けした。
カジュアルなスエット素材でシンプルなのに、ものすごく格好よく見え、半端ないお洒落オーラが漂っている。
くっ、これぞイケメンだから成せる技!
これがイケメンのお家着、着こなし術!
ほんとう、このスタイリングでもジャケット羽織れば、大方のレストランでOKな勢いではないだろうか。
生地がしっかりしているのか、クリーニング方法なのか、新品にはない馴染み感があるのにモタついていない、だるーんと緩んでいるところが少しもない。
ハイブランドの遊び心溢れるスウェット素材のデザイン服を、外国人モデルさまが難無く着こなしていらっしゃるような、これもファッションですと言い切れる強さと言うか。
そもそもこの御方、長身だし、一見細身に見えるけど推定細マッチョのがっしり体型さんでしたね。
ふん。
いつもはふわっと無造作にスタイリングなさっておられるお洒落ヘアが、お風呂入ったモードで少し大人しくなっていて。
革紐のチョーカー以外、ピアスなど貴金属を外した状態の先輩は、会長さまモードより更に大人びて見える。
これいかに。
男前はどこにいても男前ということなんですね。
やはり柾先輩は俺の推測通り、1年365日24時間態勢でイケメンさんなんだ。
いや最早、コンマの世界でイケメンさんなんだ。
気が緩もうが緩まなかろうが、崩れないんだ。
はっ、これぞ真のイケメンという存在なのか、恐るべし柾先輩。
「陽大〜?はるとくーん、大丈夫?」
「のわぁっ、ミクロの世界まで男前っ!」
「は?」
心の男前メモに書き留め切れない情報の波に、夢中になっていたら、目の前にその男前顔がどアップで出現したものだからたまりません。
遠目でも至近距離で見ても、真の男前は揺るぎなくどこまでも男前、何て恐ろしい!
こんなとんでもない宝の山御殿にお住まいになられるとんでもない男前と、お、俺は、俺ったら、キ…
「ちょ待っ!!」
「ちょまって。何だそれ」
「な、な、な…!」
顔から火が出るじゃないですか!
ガス代電気代を節約させるおつもりで?!
人が想い返している絶妙なタイミングで、ちゅって、一体何ですか。
「意味がわからないっ!」
「わかんねえのは陽大だろ。俺の前で隙だらけでぼーっとしてるから悪いんじゃん。油断し過ぎだよねーマジで。俺の超プライベート空間内で隙だらけとか、いや、俺としては大歓迎ですけど?」
そんな重大ルール、最初にご提示願いたかったのですが。
悪どく笑った、チョイ悪どころか極悪な気配漂う先輩は、ご自分のテリトリー内ということでマイペースに言いたい放題だ。
「つーか腹へったーメシは?どこ?」
「メシ!そう、ちょっと俺にはこちらのお台所さまは刺激が強すぎてですね…ふぅ…」
「刺激?何かよくわかんねえけど、使い勝手悪ぃ?気に入らねえってこと?」
「違いますよっ!宝の山すぎて、こちらのお台所だけじゃなくて、先輩のお部屋そのものがハニートラップだらけでですねぇ、予想外の大冒険になりそうで大変なんです、俺は!」
あ、まただ。
可笑しそうに目を細めて笑う。
バカ笑いはどこへいったんですか。
「そっか。それなら良かった。陽大様のお気の向くままに楽しんでいただければ幸いでございます。室内にある物は何でもご自由にご使用の上、お好きな様にお過ごし下さいませ」
え、俺の自由に使って好きなように過ごしていいですって。
「ははっ、目ぇキラキラし過ぎ!ほっぺた益々赤いし。だいじょーぶ?熱出るんじゃね」
頬を包む優しい手は、湯上がりでほわほわとあったかくて。
「大丈夫でございます。先輩こそ、Tシャツ姿でうろうろしてたらお風邪召されますよ。俺はいろいろと忙しいので!ちゃちゃちゃーとこの宝の山お台所でごはん作って、今日は夜更かし決定なんで」
「俺ぁ体温高いしこの部屋、床暖であったかいから平気ですー。へえ…陽大、今日夜更かしするんだ?」
「ええ!大台の22時越えも辞さない覚悟でございます」
「…そりゃすげえな」
「ええ、宝の山の前では誰しも不良になるものですから。では家主さまのお言葉に甘えて、こ、このキャビネットの中とか…もろもろ…つ、使っちゃいますからね?お、お皿だって持ってきてないんですから、全借りしちゃうんですからね?後で何を言われてももう無理ですから!」
「え、何そんな緊張してんの。好きにして良いっつってんじゃん。どうぞー」
やったぁ!
オープンセサミ!!
ひとつひとつ、取り出す度に打ち震えながら、どうにか必要なだけのお鍋やフライパンや調理器具を用意した。
ま、眩しいっ!
けれど使わせていただきます、ここまできたら遠慮なく堪能させていただきます!
ああ、下ごしらえもこちらで行いたかった。
お米まで炊いてきちゃったもの。
ぬぅうっ、この超!超!憧れの分厚い銅釜で遠赤外線で踊り炊き仕様な炊飯ジャーで風味炊きしたかったよう!
悔やまれますなぁ。
しみじみしつつ2つのお鍋でお湯を沸かす間に、持って来たタッパーを次々開きながら。
「あのう…柾先輩?」
「ん?」
ちらっと背後を振り返る。
「俺の背中で何をしておいでで…?」
「陽大の背中でっつーか。はるとくんを抱っこしながらごはんを待ってるの」
お可愛らしく言ったところで、ダメなものはダメですからね!
「いけません。ごはんの仕度中に引っつくなど言語道断、お待ちになると仰るのならばせめてそちらのカウンターでお座りになってお待ちくださいませ。俺はこ、この、京都の有名包丁を今から使わせていただくんですから!」
「えーヤダー。離れたくないんだもの…ひとりぼっちで、待てないんだもの…」
「なんです、その子犬顔!マロンさまの真似をしようったってそうはいきません!台所仕事中の俺には通用しませんからね!」
「ヤダーいっしょにいるー」
「何てことでしょう。こんな甘えたさん、武士道でも見たことありませんよ!そもそも、台所に入るのならばお手伝い必須!それが俺のルールです。従っていただけないのでしたら先輩に召し上がっていただくごはんはございません」
ぶーぶーふて腐れながら、渋々頷く先輩は、もしかして武士道以上に手のかかる子かも知れないと、俺は気が引き締まる想いでいっぱいになった。
2014.7.23(wed)23:05筆[ 670/761 ][*prev] [next#]
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