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 ほわー!
 ひょー!
 はっはー!
 どこを見ても、どの扉を開けても、驚きと喜びが交互に襲いくる感動の連続で、とても全てを探検できたものじゃない。
 態勢を整えるために俺のいちばんのオアシス、お台所へ逃げこんだところ、動悸と息切れと目眩で更にぶっ倒れそうになった。
 くっ、膝に力が入らぬ!
 
 なんなんでしょうか、この宝の山御殿。
 ピカピカ光る大理石のキッチン台に想わず手をつきかけて、いけません!
 想い直して冷蔵庫に背を預けかけたら、俺の憧れの野菜室真ん中で観音開きの省エネ大型冷蔵庫の限定レアデザインじゃないですか!
 我に返り、ふらふらとオープンキッチンのカウンターへ回りこんで、やっと一息吐けた。
 うぬぅ、このカウンターの誂えもさることながら、椅子も座り心地よすぎるではないか。

 目がチカチカする。
 火花が爆ぜているようで、しばらく額を抱えこんでぎゅっと目を閉じた。
 何だ、この桃源郷は。
 夢のようだ。
 いや、まさかほんとうに夢?!
 覚めたら実は今朝に逆戻り?!

 それならば隅々まで探検し尽くして、この見果てぬ至宝だらけのお台所もしっかりじっくり拝見し、使わせていただいてから覚めて欲しい。
 ああ、とにかく今は落ち着こう。
 こうしてカウンターに触れていても消えないのだから、大丈夫、とりあえず現実のようだ。
 ゆっくり、何度か深呼吸を繰り返した。
 
 少し落ち着いたところで、遥か彼方でジャーとシャワーらしき水音が聞こえ、ほうらね、やっぱり夢じゃないとほっとした。
 ほっとしたけど、ほっとできない。
 この宝の山の前で、俺はあまりに無力でちっぽけな存在だ。
 自室でけっこう下ごしらえしてきたから、お台所を拝借する時間は短いし、頑張って夜更かしするにしても、リミットは食後数時間というところか。

 でもでも、徹夜してでも探検したい。
 何部屋か拝見させていただいた、真新しい記憶に打ち震える。
 どちらの武家屋敷?!とのけぞりそうになった、静謐に包まれた和室とか。
 晴れていたらとっても気持ちよさそうな、寛ぐための存在とお見受けしたサンルームとか。
 極寒だから出ないようにと言われたけれど、サンルームを取り囲むような造りの、ウッドデッキ仕様のベランダとか。

 お部屋かな?と想って覗いたら、イケメンが更にイケメン武装!するお洒落服と靴、小物が並んだウォークインクローゼットとか。
 何故に部屋の中に階段が?と不思議に想って上がってみたら、巨大なベッドが統べるロフト型の寝室だったり。
 何よりも、ご本部屋!!
 ゆったりしたソファーとティーテーブルとオーディオを完備した、漫画から難しそうなご本まで揃った本部屋がヤバいったらない。

 漫画も魅惑のラインナップながら、意外なほど料理本がたくさん!
 想像しただけで息が上がりそうで、また深呼吸を繰り返した。
 星もきれいに見えていたサンルームに、たくさんの本を抱えこんで、あちらのソファーにかかっているあったかそうなブランケットに包まれながら過ごしたい。
 今夜の寝床はあちらを激しく希望します。
 いえ、そちらのソファーでもノープロブレム、結構でございますとも。
 
 しかし何て誘惑の多いお部屋なんだろうか。
 この早寝早起きがモットーの俺に、夜更かしを促すトラップの数々。
 恐ろしい!
 何て恐ろしい!
 とにかくちゃちゃちゃーと、今はごはんの仕度をどうにかしたい。
 落ち着け俺よ、冷静になるんだ。
 何度も大きく深呼吸して、精神統一、いざ参る!

 なんとオープンカウンターに据えられている、手洗い用水道に感動しつつ丁寧に手を洗い、カムバック神聖なるお台所さま。
 とてもよく気が利かれ、宝の山御殿の偉大な支配者であらせられる、柾先輩が運んでくださった手荷物の中から、用意してきた食材を取り出す。
 先ずはお鍋お鍋、どちらにいらっしゃるかなぁ〜ってふおぉぉぉー、見なくてもわかっていましたとも、最初からわかっていましたけれどもー!

 さり気なく開いた備えつけキャビネットの中は、金銀財宝の山、山、山!
 あまりの眩しさに想わず扉を閉める。
 ここは意外性が欲しかったです、先輩。
 これだけの宝の山の中、お台所設備やツールは最低限でしたっていう意外性があれば、どうにか平常心を保てたものを!
 クラクラしながら、さっきから何度深呼吸を繰り返していることか、けれど聖なる空間に漂う空気を取り入れて、どうにか正気を取り戻す。

 意を決して震える手で開いたキャビネットには、やはり幻覚ではなく、夢の至宝の数々が整然と詰まっていたのでありました。
 長年の歴史と伝統を持つ圧巻のお鍋や調理器具、近代的なデザインと実用性を誇るもの、そして実際に現場で使用されていて、様々なカリスマ料理人さま方が愛用されている、「HOTEL KAIDO」の厨房コレクション一揃い!!
 血が沸騰しそうだ!!

 柾先輩ったら、「いーよー。好きに使いな」って、かるぅーくお返事されていたけれど。
 こんなキラキラでピカピカの宝ものたち、ほんとうに俺などが気安く使っていいとお想いなのか。
 後悔しても知りませんからね!
 「陽大?さっきからフルフルして何してんの。どうした」
 「柾先輩!俺はほんとうにこのお台所、使っちゃいますからね!」
 声が聞こえて、ぐるっと振り返ったら、そこには湯上がりの先輩がいらっしゃった。



 2014.7.22(tue)22:55筆


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