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 時間通りピッタリ、柾先輩はご登場なさった。
 曰く、業者さま専用のエレベーターの中から。
 「ま」
 呼びかける間もなく、伸びてきた手に口元を覆われて、しーって人指し指を唇の前で立てる姿を見上げている内、扉が閉まってエレベーターは上昇し始めた。
 程なく解放されて、まだ制服姿なんだなぁと想った。
 生徒用よりずっと大きな箱の中、少しの沈黙も気詰まりで言葉を探す。
 
 「あの、お疲れさまです…?」
 「ふはっ、何で半疑問だよ。どういたしまして?急ぎの案件なくて良かった〜お陰さまで今週も無事に終わりました」
 「はい、本当にお疲れさまでございました」
 「これはご丁寧にありがとうございます。つーか陽大、家出かっつーぐらい大荷物だな」
 ふわっと可笑しそうに目を細めて、「持つ」と手荷物を浚われた。

 笑い方が違うと、困る。
 いつもみたいにバカ笑いしてくださらないと、ほんとうのほんとうに熱が出そうだ。
 「重いので結構でございます、俺が持ちます」
 「いーからいーから。つか重っ!何入ってんの?何事コレ」
 「ううう…柾先輩が、食材はあんまり揃ってないとか仰るから…」
 「マジか。こんなに持って来てくれたんだ?」
 
 エレベーターが最上階に着く。
 何度かスポーツバッグの持ち手を引いたけれど、先輩は飄々と交わして身軽に肩にかけていらっしゃる。
 「重いので、持ちます」
 「お言葉そのままお返しします。いーから陽大、道覚えとけよ」
 道?と聞いて、はっと辺りを見渡した。
 見知った最上階の光景ではない。

 「業者用の最上階直結エレベーターはまっすぐ、俺の部屋前の廊下と繋がってる。出入りはあらかじめセキュリティーチェックを受けた業者専用カードか、俺のカードしか使えない。生徒は業者が何処から来るか興味ねえ、先ず人目につかない。言わばレアルートってやつ?」
 「レア!超プレミアルート!」
 「そ。たまに正面から入んの面倒な時とか超便利でさー。はい、到着ー」
 まっすぐ道なりね、うむ、把握いたした。
 
 レアルートに気を取られてちょっとしたスパイ気分の内、いつの間にか室内にいた。
 1度だけお邪魔したことがある、柾先輩の部屋。
 白いふかふかのラグが敷かれた、玄関だけで俺の寮部屋のリビングが埋まりそうな空間を、目だけ動かして見た。
 あの時こっそり想ったんだ、このふかふかのラグ、いいなぁって。
 急に頭に手が触れて、びっくりして視線を向けたら、びっくりするぐらいの男前に顔を覗きこまれていた。

 「目」
 「ふえっ?目?」
 指先が優しく目元をくすぐって、すぐ離れていった。
 「腫れてんのマシになったな。冷やした?」
 「は、はい…それはもう、冷やしましたとも!」
 「はは!そっか、良かった。ちょっとはゆっくりできた?」
 「え、ええ!それはもうゆっくりノンビリごろごろと!」
 
 次の瞬間、言葉を失って固まった。
 固まるしかなかった。
 首元に稀代のイケメンの顔が、俺の首にイケメンがいる。
 急に首があったかくなって、すんすんと鼻を鳴らす音まで聞こえて、更に硬直する。
 「つーか陽大、さっきから何か良い匂いする。石鹸?シャンプー?髪サラサラしてるし、風呂入って来た?」
 
 どんな嗅覚をなさっておいでなんですか、それも男前スキルの1つなんですか?!
 「もっ勿論!それはもうジャブジャブ入ってあったまりましたとも!」
 「へぇ、そっか。…準備万端だなー…」
 「はい?!何か仰られましたか?」
 「いーえ、何も?はい、ただいまー。陽大も入って入って」
 荷物を奪われたまま、先に先輩が上がって。
 その背中を追いながら、玄関先で立ち止まった。

 「あの、おかえりなさい、柾先輩」
 少し驚いた瞳が振り返って、すぐに微笑う。
 「ただいま、陽大」
 「はい、おかえりなさいです。あ、じゃなくて、俺はお邪魔します」
 「どうぞご遠慮なく」
 リビングへ通じる扉が開いて、その前で待ってくださっている先輩の隣へ、遅れを取るまいと並んだ。



 2014.7.21(mon)21:57筆


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