15.見よ!お継父さんの勇姿
で、出遅れた…!!
隣の美山さんもあいはらさんもおとなりさんも、しっかり耳をガードなさっておられるのに…
僅差で出遅れてしまったばかりに、建物内に響き渡った歓声と声援が耳に直撃…!!
最前列の真ん中にいる、という事実を、改めて我が身と耳をもって知ることとなった。
つまり、一斉に起こった興奮の渦が背中に直撃。
こんな室内で、風が起こるわけがないのに、台風下で暴風に煽られたような感覚だ。
なかなか鳴り止まない歓声、キーンと余韻が残ったままの耳。
よくよく見渡せば、歓声に参加していない生徒さんや先生方皆さま、ちゃんと心得ていらっしゃるのだろう、しっかりと耳をガードなさっている。
さ、流石だ…!!
しかし一体、何故こんな事態が…?
「静かにしなさい、新入生一同。静粛に。お忙しい理事長の御挨拶を煩わさない様に」
生徒さん達のざわめきがやや落ち着いた頃、タイミング良く、先程までと変わらない、冷静なアナウンスが流れた。
その途端、怒声を発しているわけじゃないのに、しんと静まり返った。
このアナウンス担当の方、すごいなぁ…
なんて、想っていたら。
すぐ目の前の壇上、この学校の理事長…十八さんが、スマートな足さばきで中央の台へたどり着いたのが見えた。
わ…
きちんと、一張羅…母さんと俺が1番好きな、ダークブルーのスーツを着て、俺が初めてあげたプレゼント…ほとんど黒に見える紫紺のネクタイを締めている。
きちっと完璧に整ったスタイルの十八さんは、家で見る姿、昨日見た姿とは全然違う。
表情すらまるで違う、真摯に働く大人の男性だった。
アナウンスの効果か、ものすごい歓声こそ起こらなかったけど、そこかしこで憧憬を見た時のため息のようなもの、ひそひそと囁かれる賛美の声が聞こえて、俺は、想わず頬が緩んだ。
十八さん…格好良い…
台に置かれたマイクに手を伸ばしながら。
十八さんは、会場全体を見渡すように、視線をゆっくりとくまなく巡らせて。
おしまいに、最前列中央…つまり、俺と視線を合わせ、軽く片目をつぶって見せた。
と、十八さんったら…!
お茶目な仕草に、苦笑いを返していたら。
ザワザワと、周囲から「今、理事長様が僕にウィンクしてくださった!」「いいや、僕にだよ!」という声が聞こえて来た…
十八さん〜……
十八さんは、生徒さん方のざわめきを知ってか知らずか、意に介さないご様子で、凛とした眼差しを正面に向け、穏やかで落ち着いた声を発した。
「新入生諸君、高等部入学おめでとう!十八学園理事長を務める、十八嘉之です。と言っても、我が学園はエスカレーター制度を用いて居るから、初等部、中等部とお馴染みの生徒ばかりでしょう。そうだな…また君達に会う事が出来て、とても喜ばしく想います」
十八さんの言葉に、生徒さん皆が聞き入っている…
「今日という晴れがましい日に、学園内の桜も見事に満開を迎え、我が学園創立以来、第100回目を迎える入学式が、より特別なものと感じられます。今朝、目覚めた時、窓から溢れた太陽の日差しに、君達の明るい前途を見出した様に想います。
新入生諸君、これから3年間、大いに勉学、スポーツ共に励み、多彩な交友関係を築いて下さい。個々の主体性を育みながら、輝かしい未来を自らの手で掴み取り、悔いなく力強く羽ばたいて行って欲しい…その為に様々な行事や施設を充実させ、我々教職員一同、諸君等1人1人の有益な学園生活の力添えになるべく、奮闘努力する覚悟です。
高等部ではより一層、個々を活かす生徒主体行事や、生徒活動も大いに許容して居りますから、きっと飽く事ない3年間となるでしょう。是非、素直な感性で伸び伸びと学園生活を堪能して下さい。人生においてまたとない、掛け替えのない想い出という財産を、この学園で沢山作って下さい。
3年後、諸君達が誰1人欠ける事なく、笑って巣立って行く姿を楽しみに…高等部入学、本当におめでとう!君達の今日から始まる高校生活に、未来に、沢山の笑顔が溢れます様に心から願って、祝辞と代えさせて頂きます。十八学園理事長、十八嘉之」
堂々と、ゆっくり紡がれた、一言一句に、十八さんの想いがたくさん込められていた。
心からの、願い。
心からの、お祝いの言葉。
誰も、微動だにしないまま…
十八さんだけ、挨拶の最後をにっこりと優しい笑顔で締め括り、きれいなお辞儀をていねいにして、颯爽と壇上から去って行った。
2010-06-03 23:01筆[ 67/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -