49.ゆっくりと、でも速い夜
心配顔の心春さんと穂さんを、さっきからまともに見ることができない。
傾いた陽を浴びながら寮へ帰って来て、エントランスまで付き添ってくださった心春さんと穂さんに、頭を下げるので精一杯だった。
「そんなに謝らなくて良いから、ほら顔上げて。本当に大丈夫?ずっと顔赤いままだし…やっぱり宇加津先生呼んで来ようか。部屋でも診てくれるし」
「はると、やっぱデコ熱いじゃん!オレっ、コンビニでいろいろ買って来る!やっぱ風邪の時は水分と栄養摂らないとな!」
今にも踵を返しそうなお2人をどうにか引き止める。
「だ、大丈夫です。ほんのちょっぴり、ね、熱っぽいだけですから…ゆっくり寝てたら治りますし、食品など備蓄も豊富ですので…どうかご心配なさらないでください」
「「本当に?」」
「ほんとうでございます。土日は大人しく寝ています」
「「無理して生徒会で仕事したりしない?」」
「はい」
疑いの眼差しを左右から受けて、おろおろしながら。
心優しい友だちに恵まれて幸せだなぁって、想うと同時に罪悪感が付きまとう。
お話したいことはたくさんあるのに、お話できないことばかりだ。
『俺がどうにかする。陽大にも手伝って貰う。けど、当分秘密にしとこっか。いつまでも秘密にしてんのは、陽大も俺も性に合わねえから、短期間限定で』
柾先輩にも、皆さんにも、俺は甘えてばかりだ。
ほんとうは全部、自分で何とかしなくちゃいけないことなのに。
「まぁ、はるとはしっかりしてるから大丈夫だろうけど?キツくなったらちゃんと連絡してよね。部屋で1人で倒れるとか無しだから!今日、明日、明後日、寝る前にメールくれなかったら所古先輩に申請して部屋に乗り込むからね!」
「オレは何なら今からでも乗り込むぞ!イテテっ!けど心春がつねってくるから我慢する。オレ看病得意だからさっ!いつでも呼べよなっ」
「は、はい…承知いたしました」
にぎやかに去って行こうとする、仲よしのお2人に呼びかけた。
「あの…!心春さん、穂さん、ありがとうございました。その、ノートも…いろいろと、ここまで送ってくださったのも、心強かったです。今日だけじゃなくて、いつも、ありがとうございます」
「なぁに、今更!友達だったら当然でしょ。もう良いから早く部屋に行って寝てなよ。ちゃんとあったかくしてね!」
「はるとっ、水分摂るんだぞっ!デコと首冷やして、目もちゃんと冷やせよ!」
大きく頷いて、手を振り合った。
ふうと息を吐きながらロビーを横切っていると、最近、こちらの特別寮でよく見かける二上さんがいらっしゃって、目が合った。
「おかえりなさいませ、前様」
「ただいま戻りました。こんにちは、二上さん」
「こんにちは。今日はお早いお戻りですね」
「は、はい…ちょっと」
にこにこしていた眼差しが、ふと細められた。
「前様、お顔が赤い様ですが熱でもお有りなのでは…?」
「あ、えっと、これはその…大丈夫です。少し熱っぽいだけなので」
「そうですか…前様、我々管理人は24時間態勢で万全を期しております。いつでも何なりとお申し付け下さいませ。医師、薬、飲食物、暖房設備、毛布1枚からの手配まで、我々に出来ない事はございません。何かございましたら内線で、時間等気にせずお呼び下さい。必ず速やかに対応させて頂きます」
「は、はい…お気遣いありがとうございます」
たまに拝見する二上さんの、毅然となさった態度に圧倒されながら、丁重な一礼に返礼してエレベーターホールに向かった。
皆さん、優しい方ばかりだ。
待機していたエレベーターに乗りこみ、火照った頬に触れながら、携帯電話を確認する。
メール着信のランプが光っていて、ぎゅっと握りしめた。
ほんとうに熱が出そうだ。
部屋に着いて、玄関先で荷物を下ろすなり、携帯を開く。
『件名:今日のマロンさま
言い忘れてたけど、取り敢えず今日も生徒会休みな。
疲れてんだろ、陽大。
特に急ぎの仕事ないし、水分摂って目ぇ冷やしてな。
18時になったら、1階の業者専用エレベーター前で集合。
時間、変動しそうだったら連絡する。
奇跡のマロンウィンクやる。
マロンより「お泊まりセット忘れないでネ!」
昴*+(* 'ω` *)+*』
ぶわあっと、頬の熱が増した。
耳まで赤くなったのが、鏡を見なくてもわかる。
ほんとうに熱が出る。
このマロンさま写メのお可愛らしさに、ね。
そうだ、そういうことにしておこう。
よろよろと玄関から部屋へ上がり、なにげなく壁かけ時計が目に入って我に返った。
のんびりしている場合じゃない。
あわあわと洗面所へ向かった。
2014.7.21(mon)18:47筆[ 666/761 ][*prev] [next#]
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